第17話 マレーシア マラッカの夕陽

 マラッカ。この都市名を聞くだけで、どこか懐かしい気分になる。マラッカ。夕焼けのマラッカ。

 沢木耕太郎さんはここでマラッカ海峡に沈む夕陽を見ている(『深夜特急』のビデオ版だけかな? 記憶曖昧)。ビデオ版では落日とともに、井上陽水さんの『積み荷のない船』が流れる。

 ♪積み荷もなく行くあの船は、海に沈む途中♪

 この歌詞を何度この旅行で口にしただろうか。もっとも、あまり歌詞を覚えていないので、同じ歌詞ばかりつぶやいていたのだが。

 ベトナムのビン(という町)でビールを飲みながら街をぼんやり眺めつつ、この歌詞を口ずさむ。

 アンコール遺跡に登り、腰を下ろして、この歌詞をつぶやく。

 ミャンマーでは、マンダレー-バガン間のフェリーで口にする。

 マレーシアではペナンで海を見ながら、そしてマラッカで夕陽を見ながら。

 しかし、マレーシアは雨がちだった。マラッカでは残念ながら晴れなかった。曇っていた。それでも2日続けて落日時にセント・ポール寺院(ここからの夕陽がきれい)に赴いた私の努力は、少しだけ報われた。西の空の雲が僅かに裂け、そこから赤い夕陽が顔を出してくれた。私はそれが消えるまで眺めていた。

 マラッカは変わっている。当たり前だ。橋ができ、オレンジを基調とした新しい住宅地もできている。私が見たマラッカと、沢木耕太郎さんが見たマラッカは全然違う。別に現在の良さを否定するわけではない。しかし、当時はなかったであろう興を削ぐそれらとともに夕陽を見るより、沢木さんが旅した当時のマラッカで見る夕陽の方が美しいのではないか、そう思えてならなかった。

 疲れていただけかもしれない。好奇心は有限である。私はそれをアンコール遺跡で使い果たしていたのかもしれない。ミャンマーでは観光する気力がわかなかった。ヤンゴンでもマンダレーでもバガンでもキンプンでも観光した。だがそれも、せっかくきたのだから、という義務感からだった。

 マレーシアに入り、ペナンを観光した。どの都市も暑い中での観光である。疲れていた。億劫になっていた。宿探しも、バス移動も、面倒だった。実ははやく日本に帰りたかった。

 当初、ミャンマーは私の旅の予定になかった。2ヶ月程度と考えていた私の旅行。ミャンマーに18日も滞在したことで、とてもタイトなスケジュールに変わっていた。それがいけなかったのだろうか。

 どこかで骨休めをすべきだったのかもしれない。どこかに沈没(旅人用語:ある都市に長期滞在すること)して、気力が回復するまで待つ。しかし、私は元旦には帰国することにしていた。沈没している時間など無かった。だからはやく日本に帰りたかった。風呂に入りたかった。寿司、刺身、パスタを食べたかった。

 マラッカ。いや、マレーシア自体、もっと元気なときに訪れていれば、ずっと違った滞在になったかもしれない。

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