020 最終話・因果応報
因果は巡る。
善でも悪でも、自らの行いは必ず返ってくる。だからこそ、人は罪を犯してはならないと、世間では未だに言われ続けている。
ただ善いことを行い、悪事をしなければいいわけじゃない。その先にある結末を理解していなければ、待ち構えている結末は破滅だ。
だからこそ、大成する者は必ず、その善悪を飲み込むだけの覚悟を持ち合わせている。目的を果たす為には、その覚悟を持たなければならないからだ。
それが現実であり……この世界の有様だ。
「ふぅ……」
ある登山道の途中にある、人気のない展望台にある駐車場。そこには、二台の車しか止まっていなかった。
そのうちの一台にもたれながら、男性はある者の帰りを待っていた。その相手はもう一台の車の持ち主であり、かつて伴侶として傍にいた女性だった。
男性はその相手を、煙草片手に待っていた。ちなみに一人じゃない。
もたれている車の後部座席には、彼の娘が寝ている。ハードな一日になった上に、先程まで泣きじゃくっていたのだ。疲労でしばらく、起きてくることはないだろう。
「…………」
もう……何本目だろう。
男性は煙草を携帯灰皿に押し付け、新しいものを取り出そうと懐をまさぐりだす。
「……お待たせ」
その時だった。暗がりから、その女性が出てきたのは。
「終わったのか?」
「ええ……引き渡してきた」
彼女が言っているのは、男性の伝手のことだろう。
男性が経営する警備会社の、その前身は暴力団だ。しかし、裏の世界を望む者達とは、そこで別れた。
彼等は別の場所で、今でも暴力団を続けている。
ごく限られた人間しか知らないことだが、その繋がりは未だに続いていた。暴力団の方で、表の世界に戻りたい者がいれば手助けする為に。
そして……警察では対処できない悪を、処断する為に。
「大丈夫か?」
「う~ん……煙草、くれる?」
男性は、ケースごと煙草を渡そうとしたが、女性はそれを受け取っても、吸おうとしない。一本引き抜くと、そのまま持ち主の口に挿し込んだ。
「……吸うんじゃなかったのか?」
「上手く火を点けられないの、知ってるでしょう」
男性は知っていた。それが嘘だということを。
「はぁ……」
軽く溜息を吐くと、男性は女性の為に取り出していたマッチ箱から一本抜き、自ら咥えた煙草に火を点けた。
「……これでいいのか?」
「うん」
そして女性は、男性の口から煙草を取り、そのまま咥えた。
喫煙者でもないと分からないことだが、煙草に火を点けるにはコツがいる。
咥えるのとは反対側に火を当てた状態で息を吸わなければ、うまく点かない。女性は普段吸わない分、それが下手だと言っているのだが……ただの言い訳だということは、男性も承知していた。
女性が望んでいるのは、ただの喫煙じゃない……ただ単に、男性との吸い回しがしたいだけだった。
「あの子は?」
「今は寝ている」
車の中を指差し、後部座席で寝ている娘を見せた。今もまた、男性のコートを被った状態で眠っている。
「…………」
女性は煙草を咥えたまま、自分の車からコートを引っ張り出してきた。そのまま男性の車の後部座席のドアを開け、娘に掛けているコートをいそいそと取り替えている。
「いつも言っているがな……自分が産んだ娘にまでいちいち嫉妬するな」
「『
男性のコートを肩で羽織ろうとしている女性は知らない。離婚するという話になった時、その当の娘から、
『
と言われていたことを。
(……まあ、言わないでおくか)
一応、母親としての自覚はあるのだ。何より、
男性はこの件に関して、口を噤むことにした。
「どうしたの?」
「いや……俺の親戚関係は楽だな、と思っただけだ」
女性から煙草を取り上げ、最後の一口を吸ってから、携帯灰皿へと仕舞った。
よくある嫁姑問題や、親戚付き合いとは希薄な人生で、男性はある意味救われていた。
「あなた……人付き合いが苦手だものね」
「そんなのに惚れた奴には言われたくないな」
……男性自身、結婚できるとは思っていなかった。
けれども、人付き合いの駄目な自分が妻を得ることができた。その
ある意味別居生活の方が、男性にとって気の休まる瞬間だったが……どこか虚しさがあった。今は妻だけでなく、娘もいる。心を占める割合が、自分一人の時よりも大きくなっているのだろう。
やはり人は、一人では生きていけないのかもしれない。
「そろそろ行くか。全部片付いたし……今日は帰ってくるか?」
「そうね……」
娘は疲れているはずだ。明日も平日だが、学校は休ませた方がいいかもしれない。
女性も今日は早退してきたが、そのまま休暇を取るつもりだった。もう日が暮れる、それなら……久々に帰るのもいいだろう。三人で暮らした、あの家へ。
「帰りましょうか……私
「ああ……そうしよう」
男性は車に乗り込み、エンジンを掛けた。女性もまた車に乗り込む。
……男性の車の助手席に。
「おい、車は?」
「明日取りに来るわよ。今日はもう……疲れたの」
「……また娘に嫉妬したんじゃないだろうな?」
軽口を叩きつつも、男性もまた理解していた。
女性にとって、最大の
「そういえばこの子、あなたのジャーマンポテト食べたがってたわよ」
「そうか。じゃあ……帰ったら作ってやるか」
家に着く頃には、娘も起きているだろう。
久し振りに家族三人の団欒を楽しもう、と男性はラジオを付けてから、アクセルを踏み込む。
『次のニュースです……』
しかし、男性は慌ててブレーキを踏む羽目になった。
「あたっ!?」
「きゃっ!?」
女性が頭を打ち、後部座席で横になって寝ていた娘も、急な動作で足元に落ちていく。目を覚ましたみたいだが、男性に構っている余裕はない。
彼女達が状況を把握できずに混乱する中、男性はラジオのニュースに傾聴した。
『本日夕方、――公園にて、男性が刃物で刺される事件がありました。加害者は無職の男性で、警察は怨恨による犯行とみて捜査を続けています。被害者は今年出所した元受刑者で、加害者に対して……』
……因果は、巡る。
それはかつての罪に対する報復も、例外ではなかった。
**********
あとがき『無理はする時を間違えてはいけない』
今回に限らず、物語を書く上でいつも考えますが、何故思い通りにいかないのかと、完成まで悩みが絶えませんでした。
本作品では、様々な試みを行っていた為、皆様には読み辛い内容となっているかもしれません。誠に申し訳ございませんでした。
作品を検討する際、
その上、試作として、
1、登場人物達の名前を決めない。
2、外見情報は、必要最低限に。
3、偶然を含め、可能な限りの伏線を回収する。
4、
5、その上で十万文字以上の物語にする。
6、『目標:三月迄に完結』を達成する。
以上の条件を決め、それを守る為に注力しました。
複数の報復を織り交ぜた物語となりましたが、皆様にはどう映りましたでしょうか?
今回悩みつつも学んだことを活かし、今後も無理のないように執筆活動を続けたいと考えております。新作・続編を問わず、小説を投稿した際はご一読いただければ幸いです。また、これまでの作品も読んでいただけると、大変うれしく思います。
この度は本作品を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
桐生彩音
後……
『制服のスカートから微かに透けて見えていたのがいい』
と知り合いが高校時代の思い出を語る際に言っていたのですが……やっぱりあの人、変態なのかな?
多重報復 -MULTIPLE RETALIATION- 桐生彩音 @Ayane_Kiryu
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