report3. 選ばれた理由
「俺様が
酔っ払った神官は葉巻の先を王に向けて不敵に笑う。
しかし、少年王はどこか憂いを帯びた表情を動かすことはなかった。そしてその艶のある唇を小さく開く。
「……アッシュ」
呼んだのは神官の名前ではなかった。
「刃を納めなさい。私は別に怒ってはいないよ」
その言葉で初めて、一同皆がパウルの喉元に短剣が突きつけられていることに気づく。パウル本人ですらもだ。
「てめぇ……!」
酔いは覚めたか、パウルは引きつった表情で自らを羽交締めにする短剣の主の方に視線を動かす。パウルの方が頭一つ分背が高いはずが、全く身動きが取れないようだった。拘束するアッシュの腕力が強いというよりも、彼が放つ「殺気」のせいだ。フードの影から向けられる、突き刺すような冷たい視線は本物だった。冗談や脅しではない、「それ以上やったら殺す」という明確な意思がこもっている。
「アッシュ、刃を」
もう一度、王がたしなめたことによってアッシュはようやく拘束を解いた。彼は「申し訳ございません」と王に頭を下げ、再びジークの隣に戻ってきた。
(というか、いつの間に背後を取ったんだ? 全然分からなかった)
ジークはちらりと隣に膝をつく青年の表情を盗み見ながら戦慄する。騎士団の訓練生の中にも
「……ふん。
口ではそう言いつつも、おとなしく葉巻の火を消して王の前でどさっと座るパウル。あぐらの姿勢で肘をついてぶすっとしているが、王に危害を加える気はないようだ。
「んで、王様よ。こんな手紙を寄越した理由は説明してくれんだろうな?」
パウルはひらひらと白い封筒を振ってみせる。少年王カルロ三世はこくりと頷いた。
「近年、魔王の侵略により我が国が脅かされていることは君たちもよく知っているだろう」
魔王ディアンナ。
現在魔界を統べる最凶の女王だ。
人間族と魔族はもともと住む世界が違っている。
人間族は人間界に、魔族は魔界に。時折はぐれ者たちの行き来はあれど、双方の世界の平穏のため大昔に定められた人魔協定によって表立った侵略は禁じられていた。
ただ、それは三年前までの話。
先代魔王が崩御し、娘のディアンナが跡を継いでからは状況が一変した。
彼女は勝手気ままな魔族たちをまとめあげ、魔王軍として人間界への一方的な侵略を開始したのだ。
そうしてついに昨年、魔界と人間界をつなぐ門を守っていた隣国サン・トール皇国が陥落。門からなだれ込んできた魔族たちは次なる標的をここアウシエン王国に定め、すでに侵攻を開始している。
国境から遠い城下町にはまだ平和の余韻が残っているが、隣国との国境付近の情勢はあまりよくないらしい。騎士団も何度か兵を派遣しているものの、魔王軍に勝ったという話はついぞ聞いたことがなかった。
「一体一体の魔族の力はそれほど問題にはならない。ただ、恐るべきは彼らを力で束ねている魔王その人だ」
少年王は長い白銀色のまつ毛を伏せ、うつむきがちに語る。
「サン・トール皇国の生き残りが言うには、彼女の皮膚は刃を通さず、衣服には魔法式を分解する
「それって……!?」
思わず声を上げるジークに、カルロ三世は頷いた。
「そう、無敵だ。サン・トール皇国の歴戦の戦士や魔道士たちでさえ傷一つつけられなかったそうだ」
ジークはごくりと生唾を飲み込む。
さすがの彼も、『勇者』としてここにいるのは場違いではないかという気がしてきたのだ。
そして、そう思ったのは彼だけではなかったのだろう。マシューもまた温厚な表情をやや曇らせて口を開いた。
「お言葉ですが陛下、それならばなぜ僕たちを『勇者』に? 少なくとも僕の魔法は魔王相手に太刀打ちできるようなものでは……」
「君の不安ももっともだよ、マシュー。ただ、本題はここからなんだ」
少年王は両手を膝の上で組むと、声をひそめて言った。
「実は、無敵かと思われていた魔王に、一つだけ弱点があることがわかった」
「「……!」」
息を飲む五人の若者。
カルロ三世は彼らの顔を一人一人確かめるように見つめ、それからうんと頷いた。やはり自分の目に狂いはない。たとえ困難な道のりになったとしても、彼らならばきっとやり遂げるだろう。少年王はそう得心し――おもむろに口を開いた。
「その弱点とは、美男子だ」
言葉の意味を
「つまり、君たちには……その美貌をもって、魔王を
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