ミドリノコ

みずなし

終わる世界に小人は一人

 気がついたらここに居た。

 見上げた空はあんなに高い。白くてふわふわどこまでも青い。

 どんなに手を伸ばしてもあの小鳥のようには飛べないけれど、この世界のひと息にほんの少しだけ寄り添えるのかもしれない。


 どうしてここにボクが居るのか、いつからボクはここに居た?

何にも覚えてないけれど、兎に角ひとまず歩いてみようか。

 ビシビシ

 ぎしぎし

 ガリガリ

 嫌な音がする。

足元がぐらぐら揺れて、不確かで。

「タスケテ」

「タスケテ」

「タスケテ」


………………

…………

……


 パチリとビー玉のような目が開いて、小人がむくりと体を起こせば額から一筋すっと冷たい汗が流れ落ちて来た。

「嫌な夢を見ちゃったな」

 ひと月もしない内に地面が大きく揺れて、大きな大きな口を開けて大切な人を飲み込んでいく。水が溢れて一杯になって壁を作ってやってくる、沢山の命が零れて、零れて、零れて……皆還っていく。全部還っていく。

 こんなに酷い夢は、暫くの間ずっと見ていなかったのに、どうして今なんだろうと小人は考える。

 暫くウンウン考えたけれどわからないので朝ご飯を食べる事にした。今日もこれから大切な人と大切な約束がある。

「嫌な夢を見たから、今日は良い日にしよう」

 ベットから飛び起きて小人は、小さなクローゼットの前に行き鏡をじっと見つめてから「今日も大丈夫、一日素敵な日にしよう」とニッコリ微笑んでみた。

 笑顔になると、なんだか元気になったような気がしてご飯の準備にとりかかる。

朝ご飯の準備をしながら、今日のお昼の事もしっかりと考えていた小人。

「あの子が好きな物は何だっけ、リンゴとミカンとブドウかな。イチゴも好きだって言っていた。そして、こっちの子は確か、青い葉っぱちと白い蕾。氷の氷柱も欲しいかな。そっちの子は確か、川のお魚とどんぐりだっけ。あぁ、忙しい。沢山のご飯の準備をしなきゃ」

 小人は自分の朝ご飯の事をすっかり忘れて、大切な子達の事を考える。

休む間もなくせっせと箱に詰めて行き、全部で4つのお弁当が完成。

最後にやかんでお湯を沸かして水筒に流し込み、ガラスの小瓶から小さな虹色の玉を一つポチャンと水筒へ。

しゅわしゅわと泡が弾けていい香りが部屋の中一杯に広がるのを、すぅーっと吸って一言。

「はぁ、いい香り。今日のお茶もきっと美味しい」

 お弁当を皆包んで、水筒の準備も万端にさぁ出掛けよう! そうすると、小人のお腹ぐぅぅと鳴った。

「あ、しまった。朝ご飯を食べるのを忘れてしまった」

 チラリと小さな丸い掛け時計を見ると、時間にはまだ随分と余裕があったのでサッとご飯を済ませてしまう事にした。

 ミルクとバターを沢山入れて焼き上げた小さなパンは、そのままでもふんわりと美味しくて、トーストするとカリカリサクサク、蜂蜜を塗ればじゅわりサクリ。

 作り方は秘密の秘密。皆でピクニックへ行き時はこれを持って行くけれど、いつもは何よりのお楽しみ。小人は自分で作るパンが大好きでした。

 戸棚から、乾燥させた小さな白い塊を一つ取り出してお椀にコロリと入れてから水筒に入らなかった残りのお湯をゆっくりと注ぐ。

 そうすると、ふわりと溶けだしてジャガイモのポタージュスープの完成。

 パンとスープ、小人が一番好きな朝ご飯。

「いただきます」

 小さな両手を合わせて、挨拶をする。

 小さな口でモグモグと一生懸命租借する。頬がまるまるとして、いつか森で出会ったリスみたいになっているのに気がつかない。

いつもはもっともっとゆっくりゆっくり良く噛んで食べるのだけれど、今日はなんだかソワソワで。急いで急いで食べなくちゃと思ってる。

「早く会いたいな、皆に」

皆の事を思えば自然と顔がニコニコと変わる。

スープも一気に飲み干して、さぁ出掛けよう。


*ー*ー*ー*


「おはよう、小人さん」

「おはよう」

 約束の場所へやっとこ到着、あらら皆もう待っていて急いだけれど一番最後になってしまったよう。

「さあさあ、集まりましたか」

「フクロウ先生、遅くなってごめんなさい」

「小人くん、良いのですよ。今日も皆のお弁当、作って来てくれたのでしょう? とってもいい香りですね。ありがとう」

「はい、フクロウ先生。ご名答。今日のお昼は特別ですよ」

「おはよう、小人さん」

「おはようウサギさん」

「夕べはよく眠れた?」

「うーん、少しだけほんのすこしだけ嫌な夢を見たけれど美味しい朝ご飯を食べたから元気元気」

「そう、夢はふわふわな方が私も好き。今夜はきっといい夢をみましょう」

「そうだね、そうなるといいな」

「おう、小人。今日の弁当は何だよ。今開けて見せろ」

「リス、おはよう。それは出来ない。皆お昼までのお楽しみだからね」

「お前、そんなにけちん坊だと知らないぞ。後でお前の弁当も少しだけ貰うからな!」

「いいよ、交換しようね」

「はいはい、そこまで。今日は星の動きと大きな人について学びます」

 はーいと元気に返事を返し、今日もお勉強の時間。何せ小人は何も知らなかったから。知らない事が多すぎて。ここでお勉強する事はどれもこれも驚く事ばかりでした。

「星を見る時、大きな人がもしいても、絶対について行っては駄目」

「どうして?」

「大きな人はね、私達の事は普通見えないの」

「見えない……?」

「小さなものは見える人と見えない人がいる。小人はそんな事も知らなかったのかい?」

「リス、そんな事を言わないで。小人さんはここへ来たばかり。あなただって隠した木の実すっかり忘れてしまうじゃない」

「う、それを言われると痛いなぁ……。ごめんよ小人」

「ううん、大丈夫。ボクは平気。大きな人がどんな物が知らなくて」

「兎に角、気をつけた方がいいからな」

「ありがとうリス、大きな人には気をつけるよ」


*ー*ー*ー*


「さあ、今日はここまで。お昼にしましょう」

 フクロウ先生の声掛けで皆一斉に伸びをしたり、ペンを置いたり様々に行動。

お弁当を広げようとしたその時、大きな音が鳴りました。

「きゃあ」

「うおっ」

「……!」

「これはどうした事かな」

 足元がぐらぐらと揺れています。

小人の頬に冷たい汗が伝いました。

『これは、もしかして夢と同じ』

 揺れがどんどん大きくなり、遂に皆その場に立っていられずへたり込んでしまいました。

『おいで、坊や』

 その時、ボクは呼ばれた。誰だろう。わからないけど、やるべき事が自然と分かる。かかとでトントンと地面を叩くと、小人の体がゆっくりと沈む。

「小人!」

リスが手を伸ばしたけれど、ボクは「リス、大丈夫。ボクは平気だからしっかりと何処かにつかまって。皆と一緒にいるんだよ」

 どんどんどんどん潜っていくと土の中はじんわりじんわり温かく、ボクはそっと目を閉じる。

「ありがとう」

「ごめんね」

「大好きだよ」

「愛している」

 沢山のそんな言葉が溢れていった、これは今までボクが聞いてきた、見て来た事だ。そうした物がボクの体を沢山の光が包んで行って……

ボクの頭の上からポンと一つ木の芽が生えた。

痛くもなくて、ほわりほわりと包まれるように根っこがシュルシュル伸びて来てあっという間にボクを包み込んだ。


 そのままじっとしていると、ボクは大きな大きな木になった。潜った地面を突き上げて、ぐわーっと上まで枝も葉も沢山伸ばして、伸ばして、伸ばした。

 そうして根っこを伸ばしている途中、世界の中心で泣いている子と出逢った。

「私は嫌われ者、私の事は皆が知っている。役に立たない最悪のモノ。私は厄災、災いをもたらす者。名をパンドラと言う。世界が嫌い、皆滅びればいいの。私は私を嫌うから、私は誰にも必要ない。全てが憎い、ずっと痛い。苦しい、辛い、どこまでいっても光が無い。光にあたれば直ぐに居なくなれるのに」

 蹲ったその子に手を伸ばすと

「近寄らないで」と手を跳ねのけて怖い顔をしてこちらを睨む。

それでもボクは話をする。

「そんな悲しい事を言わないで」

「私に話しかけないで」

「ボクは君と話しがしたい」

「それ以上言ったら本当に世界を壊すわよ」

「そんな事しない」

「なんであんたにそんな事がわかるのよ、私の事は私が一番よく知っているの。あんたに何が」

「パンドラ、君が何の為に生まれて来たかはボクと一緒に探せばいい」

「……言っている意味がわからない。兎に角ひとりにしてくれる」

「駄目だよ、一人にはもう出来ない。こうしてボクの手の届く所に君がいるから」

 一度は跳ねのけられた手をもう一度伸ばして今度はしっかりと手を掴む。

「君はまだ生まれた意味を知らない」

「私は全てを壊す為に生まれたの、皆みんな居なくなるの、私が皆、全部を消すの」

「させないよ、ボクは知っている。光の雫、君の中にちゃんとある」

「そんなものない、私は、私は……」

 根っこはシュルシュル絡んで行って、パンドラを全部すっぽりと包んだ。

「ここは寒いね、誰の声も届かない。見て、ボクを」

淡い光がほわりほわりと浮かんでいる。幾つも浮かんでふわふわと包んでいく。

「……あたたかい……」

「ずっと寒かったね、辛かったね、もう、大丈夫。ボクが居る。君が眠るまで傍にいる。怖くないよ、大丈夫。目を閉じて、良い子」

「……次に、あなたに……会う時は…………また、抱きしめてくれる?」

「勿論。パンドラ、君が次に起きる時にはボクの素敵で大切な人達を紹介するね。だから、今は少しだけおやすみ」

「…………おや、…………すみ……」


*ー*ー*ー*


 大きな大きな、世界で一番大きな木になったボク。

枝からは沢山の葉がなって、ひらりとそこから飛んでみる。

 風の向くままひゅるひゅると舞っていけば大切な人が沢山見える。

 最初は少し怖かったけど、それでも頑張って飛んでみる。

「ありがとう」

「ありがとう」

「ありがとう」

「ありがとう」

「大好き」

「愛している」

「ごめんね」

「寂しい」

沢山の言葉が聞こえてきた。下から言葉が聞こえる度に、ボクの体がふわふわと包まれて温かくて。

 その中で、あの子達の声。先生の声も聞こえている。

「ありがとう、出来たら戻って来て欲しい小人くん」

「いかないで、いかないで小人さん」

「寂しいぞ、いくな小人」

 ボクは皆を悲しくさせてしまったのかな。

 それでも、ボクの鼓動がある限り、世界が砕かれる事は無い。

世界もずっと悲鳴をあげていたのに、誰も気がついてあげられなかった。

聞こえていたけど、気がつかないフリをした人も居たのかもしれない。

 

 ここは温かい、木に触れてくれると皆がわかる。

触れた皆、ちゃんと零れないでそこにあると分かる。



ボクはこの為に生まれて来たのかなぁ。

そうだったなら少し安心出来るかなぁ。

 辛い時には傍に来て、沢山お話ししてくれたらきっと力になってあげられるから。

いつでもいいよ、遊びに来て。









 世界の終わりを救った小人の話。小さな大きな希望の光。

 これから広く知れ渡る、世界樹が生まれたその時の事。






      「ボクはこの世界がとても好き」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ミドリノコ みずなし @mizunasi9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ