第6話、転生者殺人事件。(その4)

「……きひひひひ、これで残るは、テオと、おまえだけだな、ベス?」


 すぐ目の前で、手のひらの上に金魚鉢くらいの大きさの火球を浮かべながら、汗一つ見られないにこやかな笑顔で言い放つ、同じギルドの炎術士の青年。


 いつもは頼りになる戦友の、燃えたぎるような紅い髪の毛と瞳とが、あたかも灼熱地獄の悪鬼であるかのように見えてくる。




 そう、彼の言う通り、もはやニーベルング帝国における中堅どころの冒険者ギルト、我らがエーベルバッハギルドで生き残っているのは、この私、国家認定召喚術士のエリザベート=シュタインホフと、凄腕の炎術士テオ──の身体を乗っ取っている、かつての仲間で、今や我々への憎悪と殺意とだけで凝り固まっている、本人の言うところの『精神的転生体』と化した、今は亡き剣士のハンスとの、二人だけとなってしまったのだ。




 よって今この時、帝都ワーグナーの街外れに所在する、エーベルバッハギルドのギルメン専用のギルドハウス内には、もはやギルメンの最後の生き残りである、私と『テオ』しかいなかった。


 ──つまりは、私にとってはまさしく、『絶望的状況』というわけだ。


「……しかし、とんだ期待外れね。これまでのパターンからすれば、私やドルフに次々と憑依して、一体誰が『殺人鬼』なのかを不確かにして、私たちを攪乱し更なる疑心暗鬼へと陥らせながら、なぶり殺しにするものと思ったのに、アーダルベルトを殺してからずっと、テオに憑依したままでいるなんてね。何で最後の最後で、手抜きをしているの? お得意の『謎の転生者ごっこ』には、もう飽きたわけ?」

 少しでも相手の動揺を誘おうと、あえて煽るような言葉を選んだものの、絶対的優位にいるのを自覚している男には、何の効果も無かった。

「まあな、俺だって芸がなさ過ぎるとは思ったけどよ、一度乗り移ってみたら、炎術士ってのは、非常に使い勝手が良かったんだよね。──特に、『人殺し』をやるような場合にはな。いひひひひ。第一、他に残っているのは、『こいつの力、どうやって、殺人に使えばいいんだ?』と言いたくなるような、ヒーラーのドルフに、召喚術士のおまえだけだし、もう、面倒くさいから、いっそのことテオのままで、最後まで行ってしまおうと思ってな」

「……何という、アバウトさ。それで、この世界の犯罪史に残る、シリアルキラーになれるとでも思っているの⁉」

「いや、俺、そんなこと望んでないし。そもそも俺は、おまえらへの復讐のために化けて出た、『亡霊』みたいなものだし。俺がテオに乗り移って何をしようが、『ハンス』の実績として、認められるわけじゃないし」

 ──そうだ、むしろそれこそが、亡霊ハンスにとっての、『強み』なのだ。

 もしこのまま、私やテオを含めて、ギルメンが全滅した場合、『死人に口なし』なのはもちろん、何よりも『世間一般的な常識』からも、誰も亡霊の仕業だなんて思いも寄らず、ただ単に、我々ギルメンが内輪揉めをしたあげくに、共倒れしたものと見なすだけであろう。


 ──! そうだ、『全滅』と言えば。


「……それで、使い勝手が良くて攻撃力の高い、テオを使って、まんまと私を殺した後は、どうするつもりなの? あなたの望みは、あくまでも私たちギルメンの皆殺しでしょう? このまんまだと、『あなたテオ』を殺す人間がいなくなるじゃない? 私と相討ちでも狙っているわけ?」

「はっ、俺とおまえが相討ちだあ? アホくさ、そもそもヒーラー同様、召喚師ごときが、炎術士を相手に、まともにバトルができるわけないだろうが? ──いいか、一応俺のこれからの計画じゃあ、おまえを秒殺した後に、街に繰り出して、辺り構わず火をつけまくって、駆けつけてきた魔導武装鎮圧隊に、見事討伐してもらおうって寸法さ」

 ──なっ⁉

「あ、あなた、私たちギルメンだけでは無く、何の罪もない街の人たちまで、犠牲にするつもりなの⁉」

 あまりの暴言に、つい私は、声を荒げてしまう。

 しかしその、至極当然な反駁は、むしろ男の怒りの炎に、更に油を注いだだけであった。


「──何の罪もないだと? ああ、そうだろうな! 俺や妹だって、別に罪なんて、犯しちゃいなかったさ! それなのに妹は、ほとんど他に例を見ない、重い特殊な病に見舞われたし、そんな妹をどうにか助けてやろうとした俺も、仲間だったおまえらから、なぶり殺しの目に遭ったじゃないか⁉ そうさ、この世の中は、理不尽なことばかりなんだ! だったら俺が理不尽なマネをしたって、別に構わないだろうが⁉」


 もはや住む者もほとんどいなくなり、がらんと静まり返っていた、結構なスペースのあるギルドハウス中に響き渡っていく、男の怨嗟の声。

 それはまさしく、魂からの、本音の絶叫であった。

「……驚いた、前からやけに好戦的だと思っていたけど、あなたって、そんな破滅的な破壊願望を、内に抱えていたんだね、?」

「はあ? 今更何を言っているんだ、今の俺は『テオ』じゃねえ、おまえらから殺された『ハンス』だ!」

「ああ、いい、いい、気にしないで。今のあなたに言っても、わからないと思うから。それに実はあなたがそんな性格だったのなら、こっちも良心の呵責を感じずに済むしね♡」

「……何だあ? この期に及んで、恐怖のあまり、とち狂いやがったのか?」

 こちらの意図を把握できず、怪訝な表情となる『亡霊』。

 ふむ、『亡霊』ねえ…………いやあ、そろそろ、そんなにつき合うのも、飽きてきちゃったなあ。

 そのような思いのままに、私は自ら進んで、『破滅のシークエンス』に移ることを、提案してみた。


「ねえ、おしゃべりはこのくらいにして、とっとと最後のバトルと参りましょうよ。どうせ実力には天と地ほどの差があるんだから、すぐに勝負がつくと思うからさあ」


「へえ、わかっているじゃん、殊勝なことで。──いいぜ、今すぐおっぱじめようぜ!」

「──ああ、そうそう、一つだけ、いいかしら?」

「うん、何だ? あまり暇を取らせるなよ?」

「ふふ、すぐ済むって。──ほら、あなた、さっき『召喚術士なんてヒーラーと同じように、このような一対一の対人戦闘においては、あまり役に立たない』とかいった感じのことを言っていたでしょう?」

「……ああ、まあな。それが、どうした?」

「実は私、召喚術士と言っても、少々特殊なんだよねえ」

「ふうん?」

「ずっと昔から鎖国状態にあって、謎の『黄金の島エルドラド』として名高き極東の島国の、『巫女』と呼ばれる女性シャーマンの血を引いていてね、普通の召喚術士とは、『できること』が違うの」


「……へえ、そうかい? だが悪いけど、そろそろおしゃべりに飽きたんで、さっさとケリを付けさせてもらうぜ!」


「──きゃっ⁉」


 いかにもしびれを切らしたようにして、いきなり炎術士の手のひらから放たれて、問答無用に私の全身を覆い尽くす、灼熱の炎。


 このままだと、3分とたたずして、すべては消し炭と化してしまうであろう。


「ひゃっはっはっはっ! あっけねえんでやんの! 何が『私は特別よ』だよ、てめえは『メンヘラもどきの夢見る乙女』かよ? だから少々魔術が使えるからって、ガキは嫌いなんだよ。身の程を知らずに、粋がるばっかりだからな! ──さあ、後はギルドハウス中に火をつけてから、街に繰り出すとするか!」

 そう言うや、他の部屋のほうも燃やしにいこうと、踵を返そうとした、

 ──その刹那であった。


「ちょっとお、人の話は、最後まで聞きなさいよお?」


 突然男の行く手を遮る、紅蓮の炎。

「──うわっ、何だ⁉」

 慌てて声がしたほうへと振り返れば、そこには更なる驚愕が待ち構えていた。

「なっ⁉ お、おまえ、どうして!」

 目を見開き、唖然とその場に立ちつくす、『亡霊』を自称する男。

 無理もなかった。

 たった今、自分の炎術で消し炭にしたはずの女が、燃えさかる炎に包まれたままで、むしろ涼しげに、自分の足でちゃんと立っていたのだから。


「──それで、さっきの話の続きなんだけどね、私はその珍しい東洋の巫女の中にあっても、更に変わり種の、『神降ろしの巫女』という一族の末裔なの」


「……神降ろしの、巫女?」

「ええ、今なんか、『炎の神様』をこの身に降ろしていて、まさしく神様の力が、そのまま使えるようになっているの。──だからさあ、あんたくらいのちんけな炎術士の炎なんか、まるでそよ風でも当たっているようにしか感じられないわけ」

「な、何だ、それ? 神様の力を使えるって、そんなチートな召喚術なんか、聞いたことはないぞ⁉」

 もはやこれまでの余裕の表情なぞかなぐり捨てて、みっともなく慌てふためきながら、わめき立てるばかりの男。


 そんなメッキの剥がれた『亡霊』に対して、文字通り『引導』を渡すかのようにして、私は冷然と言い放つ。


「さあ、困ったわねえ、あなた、今から『神様』そのものを、相手にしなくてはならないのよお? そんなにレベルに差があって、一体いつまでつことができるのかしら♡」

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