第5話、転生者殺人事件。(その3)
──私は、エリザベート=シュタインホフ。
ニーベルング帝国所属の、中堅どころの冒険者ギルト、エーベルバッハギルドの紅一点のギルメンで、十代半ばの若さでありながら、凄腕の召喚術士として名が通っていた。
しかし、いくら優秀な術士であろうと、憎悪の念が凝縮して顕現した、『亡霊の転生体』という、あまりにも特殊な相手では、何の役にも立たなかったのだ。
あの日、聞くところによると、私の身体に憑依した、今は亡きハンスの霊魂──否、彼自身が言うところの『精神的転生体』は、私の口を使って、こう言ったそうである。
「──これは、ありとあらゆる世界のありとあらゆる『転生』を司っている、『なろうの女神』がこの俺に与えてくれた、おまえらを皆殺しにするための、『
その言葉に、嘘偽りは、無かった。
早速その日から、『彼』による、復讐が始まったのだ。
──つまり、私たちギルメンにとっての、『地獄の日々』が。
──それもまさしく、『疑心暗鬼』、という名前の。
なぜなら、相手は『精神的転生体』──文字通り『亡霊』のようなものであり、それ自体に実体は無く、誰にでも取り憑くことができて、その途端ほんの一瞬前までは間違いなく、同じギルドの仲間だったはずの人物が、自分たちに憎悪をむき出しにした、殺人鬼と化してしまうのだ。
しかも、私たちのほうには、何ら手の打ちようが無かった。
何せ、基本的に相手には実体がないので、物理的攻撃の効き目が無く、その上思いのままにギルメンの身体に取り憑いて、他のギルメンに襲いかかることができるのだ。
しかも最悪なことに、ある人物に憑依していることがわかっても、一瞬にして別の人物に憑依し直すことができて、我々からしたら、『敵』を明確に見定めることすらも、完全に不可能であったのだ。
つまり私たちギルメンは、誰もが『被害予定者』であり、また同時に『加害予定者』でもあるといった、常に物騒な関係にあり、これでは誰もが疑心暗鬼に陥らずを得ないのも道理であった。
──とはいえ、まったくの無策のまま、全員が座して死を待つわけにもいかず、ギルドリーダーのアーダルベルトによって、最低限の方針が示された。
まず最初に、ギルメンは全員これまで通り、帝都ワーグナーの街外れに所在する、ギルドハウスにおいて暮らすことになった。
本当は、いつ何時文字通りに豹変して、自分に襲いかかってくるかも知れない、他のギルメンと生活するなんてまっぴらで、誰もがギルドハウスから逃げ出したがっていた。
しかしこれでは、『容疑者』の所在を不明にすることになりかねないし、そもそも『精神的転生体』は我々ギルメンにしか憑依できないとは限らず、ギルドハウス以外の場所で見ず知らずの人間に、いきなり襲いかかられる危険性も危惧された。
そこで、自分以外の『加害予定者』とお互いに監視し合うことで、少なくとも不意を突かれる可能性を限りなく低くするためにも、たとえそれが殺人鬼との同居を意味するものであろうとも、これまで通りギルドハウスでみんな一緒に暮らすことにしたのだ。
二つ目は、ギルドハウスでは、極力一人で行動し、できるだけ他のギルメンと接触しないように、取り決められた。
……普通こういった場合、『なるべく一人にならないこと、最低でも二人一組で行動すること』をモットーにするところであろうし、何よりせっかく全員が一カ所に集まって暮らしている意味が無いようであるが、何度も言うように、敵はとにかく特殊極まる『精神的転生体』なのである。
ほんの隣にいる人間が、いつ何時殺人鬼に豹変するのかわからないのだ。すぐさま他に助けを求めにくい『二人一組』は論外として、常に全員でひとかたまりになっていることすらも得策では無かった。
創作物の中では、正体不明の殺人鬼が集団の中に潜んでいるとしたら、最悪の場合一人か二人の犠牲者を覚悟して、残りの全員で返り討ちにすればいいのだ──といった、少々危ない理論も見受けられるが、何度も何度も言うように『精神的転生体』は一瞬にして、憑依する人間を取っ替えることができるのだ、ある時点において加害者を大勢で取り押さえようと、すぐさま別の人間に乗り換えて、更なる加害行為を続けることができるからして、大勢の人間とひとかたまりになって居続けるということは、自分以外の全員が『加害予定者』みたいなものなので、命がいくつあっても足りないであろう。
そこで、リーダーのアーダルベルトの基本的な方針はどうかと言うと、全員同じギルドハウス内で生活しつつも、お互いに必ず一定以上の距離を取り合い、リビング等の共有スペースで出くわしても、どちらかが場所を譲って、けして狭い空間に二人以上が同時にいないようにしつつ、できるだけ自分以外のギルメンの動向を把握するように努めるべし、というものであった。
確かに、お互いの接近を許さないことこそ、殺害行為の抑制に一定以上の効果があるだろうし、更にお互いに監視し合う環境にあれば、離れた距離を無効化できる、飛び道具等も使用しにくくなり、犯行の遂行を大きく阻害できるだろう。
だが何と言っても、相手は文字通り、変幻自在の『精神的転生体』なのであり、ここまで徹底的な対抗策をとってみたところで、犯行の成就をいくらか遅らせることができるだけで、『
最初の犠牲者であるオットーを皮切りに、次にはその加害者であるヨハンが、
同様に『
もはや残りは、テオと、ヒーラーのドルフと、この私の三人だけになってしまい、これまでの経緯からすれば、最後の加害者であるテオが、残る二人の内の、『
特に、己の身に超常の力を持つ神仙や悪魔の類いを憑依させて、その力を借り受けて行使することを可能とする、いわゆる巫女体質である私は、『精神的転生体』であるハンスとも相性がいいようだから、なるべく殺すのを後回しにするのでは無かろうか。
もしそうならば、まさしくそれこそが、私にとっての、『最後のチャンス』であった。
そう。せめて自分一人だけでも、生き残るための。
──なぜなら、我が帝国でも一二を争う、凄腕の召喚術士である私には、これまでずっと秘め続けてきた、『最後の手段』があるのだから。
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