5.王都帰還
王立魔術学園ソロモン。
王国における唯一の魔術師養成機関であり、世界においても魔術師の総本山と呼べる場所。
世界中で活躍する魔術師のほとんどが、ここ魔術学園の卒業生だ。
入学資格は一つだけ。
年齢が十五歳を超える年であること。
該当者であれば地位や生まれ、国内外問わず入学試験を受けることが出来る。
試験は年に一度、学園で執り行われる。
それが今日。
俺はこの日のために修行を積み、準備をしてきた。
師匠の元を旅立った俺はまっすぐ王都へ向かい、実に四年ぶりに帰還した。
街中に入り、周囲の景色を見渡す。
四階建て以上の高い建物が並び、道端には露店がチラホラ構え、道行く人が波を作っている。
身なりの整った人から、みすぼらしい人まで個性は様々。
「変わらないな……何一つ」
たった四年程度じゃ変化はない。
俺自身、この四年間はあっという間に過ぎてしまった。
家を出ると決意したあの日も、昨日のことのように感じてしまう。
思い返し、俺は強く拳を握る。
ようやく……ようやくだ。
俺は戻ってきたぞ。
この場所に、もう一度……いや、今度こそ堂々と立つために。
俺は歩みを進める。
人通りの多い道を避け、出来るだけ目立たないように。
自分にとってはあっという間でも、四年の月日は意外と大きい。
仮に知り合いに出くわしても気づかれないとは思うけど、何となく会いたくない気持ちが強かった。
特に、こんな場所にいないはずの家族たちは……
「できれば会いたくないな」
と、声に漏れてしまう程度には億劫だ。
別に恐れているとか、怖気づいたわけじゃないぞ。
ただ面倒ごとになりそうな予感しかしないから、避けたいと思っているだけで……
「ん?」
人の気配?
四人か。
それもこんな路地に?
俺と同じように人混みを避けただけか?
歩くペースを緩め、気配を感じたほうを注意しながら進む。
路地の分かれ道に差し掛かると、奥から声が聞こえてきた。
「あの、少し良いですか?」
そこには、路地を塞ぐように四人が集まっていた。
正確には一人と三人だろう。
金色の鮮やかな髪に小柄で、高い声の一人が、ガラの悪そうな男たちに声をかけた。
髪も短いし男の子かと思ったけど、声の感じは女の子だ。
こんな場所で何をしているのか気になって、俺は咄嗟に身を潜めて様子を伺った。
「おーん? なんだいお嬢さん」
「実はその、王都は初めてで迷ってしまって。道を聞きたいのですか」
なるほど、迷子になったのか。
だからってこんな道に迷い込むか?
しかも声をかけた三人……明らかに悪そうな顔をしているけど。
「おういいぜいいぜ~ なんなら俺たちが案内してやるよ」
「本当ですか?」
「ああ、ちょっと寄り道してからになるけどな~」
「寄り道?」
不穏な空気が漂う。
彼女はまだ理解していないのか、キョトンと首を傾げた。
そんな彼女の腕を、男は力強く掴む。
「え、え? 何ですか?」
「案内してやるんだよ」
「ま、まだ場所もいってませんよ?」
「いいんだよそんなもん。もっと楽しい場所で楽しいことしようぜ」
厭らしい目つきで女のことを見る男たち。
さすがの彼女も身の危険を感じたのか、後ずさろうとする。
しかし腕をがっちりつかまれて、二歩以上は下がれない。
ほら、言わんこっちゃない。
言ってないけど。
「は、放して!」
「おい暴れるなよ! そっちから声をかけてきたんだぜ?」
「わ、私は道を聞きたかっただけで!」
「他人にものを頼んだんだ。それなりの対価を払ってもらわねーとなぁ~」
乱暴に腕を引く男と、それを振りほどこうと動かす女の子。
こうなることは予想していた。
不用意に知らない男たちに声をかけたんだ。
言ってしまえば彼女の不注意で、仕方がないことでもある。
俺とは無関係だし、変に関わる必要もない。
助ける義理も理由も……
「いいから放して!」
「っ、痛ってーなーガキがぁ!」
強引に振りほどき、男の癇に障ってしまったようだ。
男は女の子に向って腕を振り上げる。
それを見てしまった俺は、俺の身体は無意識に、まっすぐにかけていた。
「ガキは大人の言うこと聞いてりゃーいいんだよ!」
「っ……」
「――やめなよ」
振り下ろそうとした手を、俺はすんでの所で掴んだ。
突然の出来事で、その場にいた者は数秒言葉を失って俺を見つめる。
最初に静寂を破ったのは、腕を掴まれた男だった。
「……なんだてめぇ?」
「女の子一人に大人が手を挙げるなんて情けないと思わないの?」
「あん? てめぇには関係ねーだろ? ガキはすっこんでろ」
「関係はないけど……腹が立った」
子供は親の言うことを聞いていれば良い?
ガキはすっこんでろ?
立て続けに発せられた暴言は、自身の過去とも重なって、余計な苛立ちを生む。
男は腕をふり払い、数歩下がって距離を取る。
「邪魔するなら容赦しねーぞ!」
「あ、あの」
「大丈夫だから、下がってて」
「はっ! 格好つけやがってガキがぁ!」
男たちは懐からナイフを取り出す。
小さくて弱そうな武器だ。
長く刃物に触れてきた俺には、何の恐怖も感じない。
この程度の相手に術式を使う必要はなさそうだな。
「もったいないし」
「あん?」
「別にこっちの話だよ。いいからかかってきたら?」
「ちっ、後悔するなよ!」
男たちはいっせいに襲い掛かってくる。
狭い路地だ。
三人は順番に、重ならないように近づいてくる。
お陰で対処は簡単だ。
一人目は腰から抜いた剣でナイフを払い、そのまま肘を鳩尾に入れる。
続く二人目はナイフを躱し、顎に一発拳を突き上げる。
最後の一人はナイフだけ払い、切っ先を顔面に向けて止めた。
「ひ、ひぃ!」
「これ以上やるなら全員斬るけど? 嫌ならここに転がってる人たちを連れていってくれないかな?」
「わ、わかった」
男は慌てて仲間を抱え、のそのそと背を向けて去っていく。
思い描いた通りに身体が動いて、結果もついてきた。
相手が弱すぎたことを差し引いても、自分の強さが確認できた。
良かった。
ちゃんと俺、強くなってるんだな。
ほんの少しだけど、お陰で自信が持てたよ。
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