年明けこそ鬼が笑う~ここでは禁句?

大月クマ

長月様の家にて

 ああ、どうもおはようございます。こんにちは。こんばんは。

 あっ、今須います阿佐比あさひです。


 気が付いたら冬休みが終わっていました。

 半分以上は、先輩の所為だ。先輩の所為だ。先輩の――


 おっと、失礼しました。


 やっぱり、一夜先輩被害者の会の会員を集めないといけない。

 そう思いつつ、学校が始まる前に、正月早々迷惑を掛けた茂林寺もりんじにお邪魔しました。手土産を持って。


「あらあら、お体はもう大丈夫?」


 あの古風な豪農のお屋敷。玄関を開けたのは、長月様ではなく、古風な割烹着をきた女性だった。歳を考えると……長月様の母親かもしれない。

 お手伝いさんではなさそうだ。

 直観ではあるが、小学生の長月様になんとなく似ている。割烹着に頭には頭巾を被り、ニコニコしている。


「お正月にご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

「あらあら、いいのに」

「母からちゃんとお礼をするようにと、キツく言われましたから」

「あらあら、ご丁寧にどうも――」


 と、僕は母親に渡された紙袋――どこかの高級お菓子――を、その人に渡した。


「何じゃ元気になったのか?」


 ふと、バタバタと廊下を走ってくる小学生、長月様だ。

 神主姿が見慣れているので、部屋着……ドテラ姿が、新鮮でありやっぱり小学生の子供だ。


「熱病はもういいのか?」

「――インフルエンザね」

「ああ、スペイン風邪だろ?」

「――インフルエンザね」


 なんでこの子は、古風な言い方をするんだ。ワザとだろ。

 それが神様の威厳、とでも思っているのか? どうせ下っ端のくせに……


「あらあら、病み上がりの子に玄関先でなんてゴメンナサイね。上がってちょうだい」

「そうじゃった。寒いから上がれ、上がれ……」


 親子(?)に強引に、屋敷に上がらされた。


「では、お邪魔します」



 ※※※



 相変わらずムカつくぐらい大きな子供部屋。

 結局、大晦日で倒れたのは、山でしめ縄の取り替えをして、汗をかいた。その後この部屋に連れられ、この奥にある寒い本が並ぶ部屋に閉じこもっていた所為だ。

 体が冷えて、免疫力が下がり、インフルエンザなんかになったのだ。


「あらあら、ゆっくりしていってね」


 しかし、このお母さんニコニコしていて優しそうだ。

 うちの親は、純粋な吸血鬼で……って、もう何度か親の愚痴はいったか。

 とにかく、お茶とお菓子を持ってくると、そそくさと去って行った。

 そういえば、何か今日も屋敷の中は忙しそうだ。さすがに大晦日ほどではないが、数名の大人が何かの行事の準備をしている。


「邪魔だから、部屋にいろと……それに――」


 ふてくされたような顔の長月様。そして、目線の先には、コタツの上に並べられた学習帳が広げられている。


「何だ。まだ冬休みの宿題終わっていないのか?」

「仕方がないだろ。年末年始、神様の仕事が忙しくて出来なかったのだから!」


 その辺は小学生なのか? 明日から始業式なはずだ。

 まあ、神様だとかはちゃんと小学校に言ってあるんだろうか、疑問に思う。が、だからといって、宿題を減らしてもらえる事はなさそうだろう。


「どれどれ、お兄さんが……」


 高校生の僕だ。小学生の問題がわからないはずは――

 アアァ……

 イヤぁ~……

 ウンっと……

 エッと……

 オッと……


「僕らの小学校では、こんな難しい数学習っていないなぁ~……」

「お主。4年前まで、小学生だろ? それら算術……算数だぞ?」

「いやぁ~、4年も経つとこんな難しい事を、小学生は覚えるのか!?」

「小学生で教わっていなかったら、中学で教わっているだろ?」

「いや、そんなことは……」

「分からないのじゃな」

「――はい。すみません」


 難しすぎる。XとかYとか使っちゃいけないし、分数? なんかサッパリ……


「そうじゃ。今日来てくれたから、ちょっと頼みたいんじゃが……」

「何を?」


 一夜先輩もそうだが、このあの新ヶ野あらがの市を護る(?)地主神疫病神に関わって、ろくな事が無かった。インフルエンザに掛かったことだって。


「旧暦の正月は分かるか?」


 それを言った途端、どこか遠い場所で笑い声が聞こえてくる。声の主は、先程の長月様の母親。台所にでもいて、お手伝いさん達と談話でもしているのだろう。


「節分ですよねぇ」


 突然、大笑いが聞こえた。


「うちの寺で、毎年豆まきをするのじゃが……」

「手伝えと?」

「さすがにそれは大人達に任せておけ。そのために今でもせっせと、準備をしている」

「節分が――」


 また大笑いが聞こえた。


「スマン。大笑いの主は母上だ。気にするな」

「気にするなとは言われても……」


 ニコニコしている人だったが、屋敷中に響き渡る声で笑う人だったとは思えない。

 またなにかヤな予感が……


「節分に来るだろ。どうせあの魔女はお祭り好きだから」

「一夜先輩がお祭り好きなのは薄々、気が付いていましたが……僕が行くかどうかは――」

「――まあ、どうせ来るじゃろ」


 どうせって何だよ!


「とにかく、来たときにふたつのことは守れ。

 ひとつは、大豆を人にぶつけないこと。もうひとつは、『鬼は外』とは言ってはいけない」

「えっ? ここのお寺? 神社? どっちでもいいか……

 ここは『鬼』でも祀っているんですか?」


 そういうところがあると聞いたことがある。

 うちのご神体は『鬼』だから、とかというやつた。ご神体に「出ていけ!」と言うのにはマズいというのだ。だが、ここってタヌキかキツネじゃなかったか?


「いやタヌキじゃ」

「それも珍しいような……」

「下走っている鉄道あるじゃろ。マスコットはタヌキだろ」

「ああ、あの垂れ目で眠たそうな顔の……」

「昔、ワシのところが出資者のひとりで、だから鉄道の名前もうちの寺の名前を掲げている。

 まあそれと、『鬼は外』とは関係ないから――」

「では、何故に? 節分で『鬼は外』と言っては――」


 また大笑いが聞こえた。

 それに合わせて、長月様ため息をつく。


「それを説明するのには時間が掛かる――」


 と、いってチラリとコタツの上に広げられた宿題を見た。

 ああ明日から学校か……


「じゃあ帰るよ。また今度、教えてくれ」


 腑に落ちないこともあるが、そろそろ帰らないと邪魔になるな。

 長月様は律儀に、玄関まで迎えだしてくれた。

 彼に遅れること、小走りに母親も現れた。


「ゴメンナサイねぇ。うるさかったかしら……」


 ニコニコと相変わらずしている。さっきまでの大笑いは何だったのか。

 やっぱり腑に落ちないことばかりだが、今日は帰ろう。

 宿題も手伝えそうにないし――


「では、また失礼します」


 そう僕が言うと、長月様の母親は深々とお辞儀をした。

 そこで長月様が『鬼は外』と言ってはいけない理由が分かった。

 深々と頭を下げたおかげで、頭巾がはらりと落ちる。と、額には立派なつのが2本――

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