第19話 こんなはずでは……(1)

 ここは魔王城。

 そして、私・名川松子がいるのは魔王の間だ。


 そう、私達は魔王との死闘に敗れてしまったのだ。

 負けてしまった私は泣く泣く魔王の嫁として、これからを生きる……はずなんだけど。

 とにかく、魔王の野望の話が長くてきてきたのだ。

 最初は可愛らしく相槌あいづちを打っていたのだが、段々と面倒になってきて無表情で可愛らしい声を出しているだけだった。


 魔王は私のところへ来ると、私の肩を抱いてモブの前まで歩いてきたのだ。

 ここからどうするのだろうかと思っていたが、魔王は私に自慢話をしたくてしょうがないようだ。

 ため息をつきながら、床に倒れているモブを見つめていた。


『まっ……ままおおおおおうさっさまっ!!!!』

 突然、ゼフの声が聞こえてきた。生まれたての小鹿のような足ならぬ生まれたての舌なのだろうか。

『ふん、ようやく動いたか』

 やっと魔王の長い話に終止符を打つことができた。

 私はゼフに目を向けて心の中でお礼をつぶやいた。

『ヒィィィッッッ!!!!!!!!』

 少しは良くなったのかと思ったのに、未だにこんな状態とは……この先が思いやられる。

「魔王様ー⁇これからどうされるんですかー⁇」

 私はくねくねしながら、魔王に質問をした。

『ふむ。とりあえず、この島にいる人間をすべて捕らえて、我らの奴隷どれいとするかな』

 おぉっ、流石さすがは魔王だ。ゲームのシナリオ通りの鬼畜きちくっぷりだ。

「そうしたらー、次はどうするんですかー⁇」

 私がそう言うと、魔王はふむっと言いながら、悩んでいた。そして思いついたようにこう言った。

『城の者どもは全員、牢屋に入れて餓死がしさせてやるか。アイツらは我らに対して、あまりにもひどい仕打ちを続けてきていたからな』

 確かにこの国の人間は、魔物に対して酷い気はする。

 強い魔物がいれば、討伐依頼を出して倒す。弱い魔物であれば、そこら辺に落ちている木の棒で追い払うのだ。

 そして、珍しい魔物がいれば、観賞用に買う富豪がいるため、奴隷商達が金を使って集めるのだ。

 そうは言っても、それは一部の人間だ。

 魔物だって一部は優しいやつらがいるのは確かだ。だけど、村を壊滅したりする悪いやつもいるのだ。そう考えると、どっちもどっちな気もするのだが。

 まぁ……城にいるのは悪い奴らだし、死なない程度に痛めつけるのは良いだろう。餓死しそうだと思ったら、私が魔王に言って何とかしてやろう。

 あのくそムカつく課長似の王様が牢屋に入っている姿は見物みものに違いない。

 後は、私を牢屋に入れたリクルンやスペアードも同様だ。積年の恨みを晴らしてくれよう。


「あっ……魔王様ー⁇」

『どうした⁇』

 魔王が肩を抱いているせいだろうか。私と魔王はとても親密そうな雰囲気をかもし出している。

 その空気のせいか、魔王は私を見る目がとても優しくてとろんとした表情だ。

 やはり、くねくね効果はあったようだ。

「あのー、ここに倒れている……モブ」

『……コイツか⁇』

 私がモブを指差すと、魔王は下を向いた。そして、モブの頭を軽く蹴飛ばしたのだ。


 ――イラッ


 先ほどから何故かわからないが、魔王に苛々いらいらつのってしまってどうしようもない。

 これから一生を共にすると言うのに、初日からこんな状態では先が思いやられる。

「モブはー、どうするんですかー⁇」

 私がそう言うと、魔王はまたふむっと言いながら悩み始めた。

 とりあえず、モブの行き先がわかれば落ち着いた時に会いに行こう。

 そして、土下座でもしたら私の執事にしてやっても良いと言ってあげよう。

 せめてもの情けだ。


 魔王はずいぶんと考え込んでいたようだが、モブの処遇が決まったようだ。

 にこりと笑いながら、魔王は言った。

『コイツは、生贄いけにえにするか』


 ――生贄⁇


 その言葉に、私の表情は硬直した。

 聞き間違えだろうか。この世界にそんなシステムは無かったはずだ。

 攻略対象達は牢屋に全員入れられる設定だが、コイツはモブだ。

 モブの場合、攻略対象ではない。

 つまり、一般人と同様の扱いをすると言うことなのだろうか……だが、それでも奴隷くらいしか話を聞いたことはないのだが。

「へぇー、生贄⁇それって現代にもあるんですねー⁇」

 可愛く語尾を伸ばしているのだが、どうもおかしい。

 語尾の最後に怒りマークがついてそうな話し方になってきている。魔王は気づいていないようだが、ゼフには気づかれてしまったようだ。

 先ほどよりも震えが半端ない。もう、ゼフが三体いるのかと聞きたくなるくらいには、激しく震えている。

『あぁ。昔はそう言ったことをしていたのだが、最近はやっていなかったのだ。だが、我に嫁もできたことだし、魔族の復活を祝うためにもちょうどいいかと思ってな』

 そう言いながら、魔王はモブを品定めするようにジロジロと見ていた。

「へぇー⁇でも、他の人でもよくないですかー⁇」

 そろそろ右手に拳ができてしまう。どうにか魔王のその考えを変えてもらわなければいけない。


 ――私の手が出るのが先か、魔王の考えが変わるのが先か……どっちだ⁉


『それに、コイツは人間にしては非常に強かった。それなら、生贄として捧げたら悪神あくしんもお喜びになられるだろう』

 魔王はそう言うと、私を胸に抱き寄せた。

 今の状況は、普段なら浮かれてキャーキャー騒ぎたくなる状況だ。だが、今は違う。

 コイツの判断にモブの命運がかかっているのだ。

「魔王様⁇モブは、私の友達なんです。そんなことされたら、私はとても悲しくなります」

 先ほどとは異なり、とても冷たい声で話をした。その異変にやっと魔王も気づいたようだ。

 私を身体から離して、不安そうな顔で私の顔を見つめてきた。

『……まさか、怒っているのか⁇』

 魔王のその言葉に、私はにこりと微笑んだ。

「怒っているんじゃなくて、悲しんでいるんです」


 また魔王の間に沈黙が訪れた。

 魔王は悩みに悩んでいた。だが、私の意志が固いとわかったのだろう。やれやれと言うように頭を横に振ってため息をついた。

『はぁ……すまない。これは冗談だ。気を悪くしたのなら悪いことをした』

 魔王はとても悲しそうな顔で私に謝罪をしてきた。どうやら、私に嫌われるのが嫌なようだ。


 ――冗談……ね。


 私は魔王に対してさらににっこりと微笑んだ。

「もー魔王さまったら、冗談なんてびっくりしちゃうじゃない!!!!」

 そう言って私は魔王の肩にツッコミを入れた。


 その瞬間、私の手に紋章が現れたのだ。紋章が現れた途端、辺り一面の動きが遅くなり、私はゆっくりと魔王にツッコミを入れることになった。

 そして、魔王に手が当たった瞬間、世界は元に戻ったのだった。

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