第11話 喜びとは何なのか(2)

「松ー元気だしなよ」

 町の入口で体操座りをする私に、モブは声をかけてきた。

「まぁ、ほら平和じゃん??平和が一番って言うじゃん。松のおかげで一つの村は救われたんだし良いじゃん!!」

 魂の抜けた顔をした私は、私をはげまそうとするモブを見つめた。苦笑いをしながら、私を褒めまくるのだ。

「私……すごい??」

「凄いよ!!未然に防げるなんて、天才だよ!!」

 そう言って、モブは拍手をしてくれた。必死に褒めまくるモブを見て、私はフヘヘッと笑った。

「うん……私は凄い!!天才なのよ!!」

「おう!!やればできる子!!」

 私は立ち上がり、元気よく跳ね跳んだ。

 そうだ。別にシナリオ通りに進めなくたって良いんだ。私は全てにおいて、最善を尽くしている。影のヒーローなのだ。表でガツンとやらなくたって、誰もが認めるヒーローになれるのだ。

 

「いやーやれんねぇな」

「はぃ??」

 村長の元へ辿り着いた私とモブは、喜びのクリスタルを欲しいと率直にお願いをした。だが、村長はしぶい顔をしながら断ってきたのだ。

「オメェさんが誰かも分からねぇのに、我が村の宝であるクリスタルを渡すわけにはいかねぇ」

 本来ならば、村を救った主人公に村長がお礼としてクリスタルを渡すのだ。

「モブ??」

「……何??」

山賊さんぞく呼ぶか」

 その言葉を聞いた途端、モブは私の首元をつかんで引っ張った。運悪く村長にその言葉が聞こえていないようで、怪訝けげんそうな顔をしながら私達を見ている。

 

「松ー!!せっかく良いことしたのに、無に返す気か??」

 モブは私の首元を掴みながら、ガクガクと揺らしてくる。

「だって、あの村長のよどんだひとみ見た??ありゃあダメだね」

 ヤサグレる私に、モブは半泣きの状態で説得をしてくる。

「……そっか。村ごと浄化しちゃえばいいんじゃない??」

「駄目に決まってるでしょーが!!」

 もしもゲームでこんな状況におちいっても、リクルンやラルフがいれば、村長も土下座して拝みながら渡すだろう。スペアードなら値切れそうだし、リーくんなら村娘が協力して村長から奪い取ってくれるに違いない。

 だがここにいるのは、か弱き主人公とモブだ。まだ山賊の方が村長をおどせたに違いない。

 どうして私はモブなんかと一緒にいるんだろう。嫌な顔をしながらブーブーとモブに文句を言っていると、ふとモブの手が止まったのだ。

「そうだ……この手があった」

 

「……こんなところに連れてきて、一体何だね??」

 モブは村長とその他の村人を全員呼んで、村の近くにある山の前まで連れてきたのだ。

「はい。この村の皆様は、この山がどんな山か知っていますよね??」

「あぁ。この山は魔物がみ着いちまって、頂上まで行けなくなっちまったんだ」

「あそこの景色は最高だったのよね」

 和気あいあいと話す村人達の前で、モブは大きくせき払いをした。

「皆様が大切にされていたこの山。なんと!!ここにいる女性が浄化してくれます!!」

 モブが私に手を向けると、村人は一斉に私へと視線を移した。

「いやいや、無理でしょう」

「女性には厳しいって」

 なんだろう。私は商品にでもなった気分だ。モブは通販サイトの店員といったところだ。

「なっなっなっなんと!!ここにいるのは、神に愛されし女性です!!彼女の手にかかれば、魔物もイチコロだー!!」

 その言葉に、村人達はどよめいた。神に愛されし者は、生涯で一度会えたなら幸運の持ち主と言われるほどだ。そんな奇跡の存在が目の前にいると言われたら、驚く他ない。

 

「お前さんら、喜びのクリスタルが欲しいからって嘘ついとるのかね??」

「……そうだ!!そんな人間がこの村に来るはずがない!!嘘つきだ!!」

 村人は一斉に騒ぎ始める。まったく、この村の人間と来たら……

 私は手に気合を込めた。そして、勢いよく山へパンチを繰り出した。愚かなる人間どもに、神の怒りを見せるときが来たのだ。

 

 私の拳から紋章もんしょうが現れ、山は一瞬として更地になったのだ。先程まで騒いでいた村人は、口を開けたまましゃべることはなかった。

 私は良い仕事をしたと息を吐き、村人達に笑顔を見せながら振り返ったのだ。

 

「次はお前らがこうなる番だ」

 

 その後の話だ。村人達は全員、私を拝み倒した。村長は無礼をびつつ、喜びのクリスタルを献上してきた。

 こんなことなら、さっさとやっておけばよかったとため息をつきながら、私達は城への帰り道を優雅ゆうがに歩いていた。

「いやー、松って悪役が似合うね!!」

「はぁ??」

 主人公様に対して、悪役とは何を言っているんだとモブをジロリと睨んだ。

「元はと言えば、あんたが消せって言ったからでしょうが!!」

「いやいや、俺は魔物だけを浄化させる予定だったのに、更地にするとは思わなかったんだよ」

「そんな山に棲む魔物だけを消すなんて芸当、できるわけ無いじゃん」

 敵の位置を把握して、それだけを消し去るなんて不可能だ。そんなチート能力、あるわけがない。

「魔の森ではやってたのにねー」

 モブの言葉に、私は立ち止まった。

「……あんた、見てたの??」

「おう。見てたよー」

 そう言うとモブは、私の方を見てニヤリと笑った。

「……どこから見てたの??」

「副団長と城を出てきた辺りからかな??」

 コイツは最初から見ていたのか。私がラルフをやっちまったところも、山賊を浄化したところも全て。

「……ん??ってことは、私が、山賊に追われてるときときも見てたってこと??」

 

「ちょっと、モブ!?」

 私は振り返ると、世界は真っ暗だった。いや、正確に言うと、私の周りと目の前の一箇所以外は真っ暗なのだ。まるでスポットライトでも当てられている気分だ。

 目の前には、気難しそうな顔をした課長が席に座っていた。

「やっと起きたかね??松子君」

「か……ちょぉ??……どうしたんですか??」

 どうやら、私は異世界から現実に戻ってきたようだ。辺りを見渡すと、課長と私以外に人はいないようだ。どうやら昼頃に異世界へ移動して、夜遅くに戻ってこれたようだ。

「まったく君と言うヤツは……何かね??私と朝までコースでも狙っとるのかね??」

 冗談じょうだんにしては、顔が笑っていない。これは最大級に切れているようだ。

「いや……カチョー!!いつもお勤めご苦労さんです!!お先に失礼します!!!!」

 私は怒ったままの課長を置いて、全速力で会社を飛び出したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る