第11話 喜びとは何なのか(1)

「……??……松??おーい??」

 私・名川松子を呼ぶ声に、私は覚醒かくせいした。私を呼ぶのは、同期の頏河明日那だ。

「あれ……??モブは??」

 明日那は何を言っているんだというような顔で私を見て、私に腕時計を見せてきた。

「松、もう昼終わるんだけど」

「えっ??」

 明日那は何を言いたいのだろうか。わからず、私は頭をかしげた。すると、明日那は私の胸元辺りを指差した。

 

 そこには特盛激辛ラーメンのタバスコ盛りがあった。誰がこんなタバスコをかけたのかと明日那を見つめると、明日那は引きった表情で答えた。

「いや、私じゃないからね??あんたが食べないでずっとタバスコ振ってたんだからね!?」

 先に行くからと言って、明日那はお会計へ行ってしまった。どうやらテンパって私の分まで持って行ってしまったようだ。とりあえず、御馳走様ごちそうさまですとお祈りしておこう。

「さて……早く食べて戻らねば」

 

 会社に戻ったのは、昼休みを三十分ほど過ぎたくらいだ。課長にどやされると思ったが、課長の姿は見当たらない。

「いやー、課長に聞きたいことがあったのになぁ」

 頬をポリポリときながら、私は自席に座った。ふと隣に座る人を見ると、そこには明日那の旦那である頏河尊が座っていた。

「うわっ!?何でいんの??」

 私は驚いて、心の声をそのまま出してしまった。そのせいで、明日那の旦那は私が見ていることに気づいてしまったのだ。

「うわー名川さんひどいなー。たまに僕が会社へ来ても良いでしょー??」

 ニコニコと笑う明日那の旦那に若干じゃっかん引きつつ、私は冷静さを取り戻した。

「いや、隣の席って確か丸っこいおっさんが座ってた気がするんだけど……」

「あぁっ、山田さんね。先週いっぱいで辞めちゃったんだよ」

「えぇっ!?……なして!?」

「出産するんだって」

「はぁっ!?」

 

 私は今、二人分のお茶を運んでいる。

 明日那の旦那いわく、隣にいた山田さんは牛の出産を機に、実家の農業を継ぐことにしたそうだ。

 なら最初からそう言えよと思うが、明日那の旦那は私をからかいやがった。

 山田さんの代わりに入社する人と課長が今、面談をしているそうだ。

 人をからかった後、課長から茶を入れて持ってくるようにと言伝ことづてがあったと聞かされたのだ。大至急、粉末を入れて作った苦い茶を運んでいるのだ。

「なーにが『代わりの子は若くて可愛い感じのイケメン!!』だよ。二次元に勝てるわけねぇだろってーの」

 ブツブツと文句もんくを言いつつ、私は会議室の扉をノックした。すると、課長から返事が返ってきたのだ。

「失礼します」

 そう言って、扉を開けた。イケメンが出てくるなら、おがませてもらおうじゃないか。それで全然カッコよくなかったら、この苦いお茶にトッピングでタバスコを追加してやる。

 そう思って視線を上げた。

 

「……モブ??」

「おぉっ。やっと帰ってきたかー」

 何と、目の前にはモブがいるのだ。私に向かって手を振っているのだ。まさかと思い、私は辺りを見渡すと、そこはどこかの村の入口だった。

「マジかよ」

「いやー勝手に場所を移動したけど、戻ってくるときは仲間のいるところに来れるんだな!!スゲェや!!」

 そう言うと、モブはニシシと笑っていた。またモブか。毎回、良いところですべてモブに持っていかれている気がする。まさかコイツは主人公枠を狙っているのだろうかと疑心暗鬼ぎしんあんきになってしまう。

「はい、これ」

 モブはそう言うと、目の前に鳥の焼串がまた登場したのだ。どうやら出来立てのようで、ふかふかと焼串から白い湯気が出ている。

「前に焼串あげたら、すっごい喜んでたからさ。この村の名物品だから、買っといたんだよー。良かったーっすぐに戻ってくれて」

 そう言うと、モブは私の手に焼串を持たせた。先程、昼ご飯に特盛激辛ラーメンタバスコ風味を食べたばかりだ。そこまで腹は減っていないが、このこうばしい匂いにぷりぷりの鳥肉を見てしまうとよだれあふれてくるのだ。

 美味しいものは別腹、食べ物に罪はないのだと自分に言い聞かせて口に入れた。

「……んーっ!!!!ジューシィー!!!!」

 これが食レポをする番組ならば、私はこう言うしかない。全てにおいて完成された鳥の焼串だと。味良し、見た目良し、食感良しで、これ以上美味しい焼串はこの世に存在しないであろう。

「ははっ、松って本当に良い食いっぷりだよな」

 モブは私の食べる姿を見ながら笑っていた。まったく、レディの食べる姿を見るなんて悪いやつだ。本来なら討伐されるべきやからだが、美味しい焼串を提供してくれたのだ。仕方ない、許してやろう。そう思い、私はモブに温かい目線を送った。

 

「そいえば、ここって何処どこなの??」

 焼串を頬張りながら、現在地をモブに聞いた。

「あぁ、ここは最東端さいとうたんにある喜びの村だよ」

「マジで!?」

 ゲームでは、喜びのクリスタルを手に入れる場所まで結構な距離があるのだ。そして、そのクリスタルが手に入る場所はこの村なのだ。

「……おかしい」

「……何が??」

 モブの質問を無視して、私は考察を始めた。

 確か、主人公が初めてこの村に訪れたとき、この村は崩壊寸前だった。喜びの村と呼ばれるのに、村の人は絶望的な表情をしていたのだ。

 だがしかし、今目の前のこの村は、まるでパレードでもあるのかというくらい踊り騒いでいるのだ。

「なぜだ……??」

「おーい??」

 私の顔の前で、モブは手を振っている。だが、面倒なので無視した。

 

「はっそうか!!!!」

 私は、思いだしたのだ。なぜこの村が崩壊寸前までいくのかを。

「おぅ??何々??」

「この村はもうじき、山賊どもに襲われるの!!私達が早く辿たどり着いたから、大丈夫みたい……とりあえず、村長と話をして対策しなくちゃ」

 私はこの村で起きたイベントを呼び起こしたのだ。リクルンルートでこの村に訪れると、悲惨ひさんな状況をの当たりにしたリクルンが涙を流しながら謝るのだ。

 山賊のせいだからリクルンが謝る必要ないよーって思いながら、私ももらい泣きをしたものだ。

 あのイベントは起きないが、あの感動的シーンの余韻よいんひたっているとモブがツンツンと突いてきた。

 無視をしても突いてくるので、段々とイライラしてきた。

 

「だあああぁぁぁっ!!!!うるさいなー!!なんなの!?」

 モブはビクつきながらも、苦笑いで答えた。

「いや……松、山賊を改心させたじゃん」

 その言葉を聞いた途端、私の世界は真っ白になった。

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