第8話 仲間を探して三千里(1)

「えっ??」

私・名川松子は、驚きにあまり声をらした。

「執務に追われていてな。すまないが、同行はできかねる」

「私もこれから視察があるので、無理です」

まずは王子と思い、リクルンの執務室に来たのだ。そうしたら、運よくリクルンとスペアードが居たのだ。

リクルンは、この国の王子として戦うとか言っちゃうタイプだ。嫌だと言っても着いてきそうな男だ。それなのに、かなりの塩対応でお断りをされた。

スペアードにも声をかけたが、ぶっちゃけスペアードは戦力外だ。特殊イベントをこなすと連れて行けるレアキャラだが、レベル一の主人公よりも雑魚ザコなので、同行されても迷惑だ。強いて言うなら、お店での買い物を値引けるくらいしか、頼りにならない。

だが、モブにギャフンと言わせるためにも、頭数あたまかずに入れておこうと思って誘ったのだ。特殊イベントを発生させていないので、断られるとは思っていた。だからといって、こんなド直球に断られるとムカつくものだ。


「えっ??えぇっ!?だって、魔王退治ですよ??勇者誕生ですよ??勇敢ゆうかんな姿を、私に見せたいと思いません??ねぇ、リクルン??」

「いいや、まったく」

リクルンは冷たい目でこちらを見ながら、ニコリと笑った。

いつも優しく品行方正、国と民を愛し、異界から来た主人公を誰よりも愛する設定のリクルン。そんな彼のイメージとはかけ離れた存在が、ここにいる。そもそも、冷徹れいてつ王子なんて設定は無かった。

本当にこれはリクルンなのだろうか。まさかリクルンはもう死亡していて、別の人が座っているんじゃないかと疑ってしまう。

私はリクルンの顔、横顔、後ろ姿、足元すべてをめ回すように、俊敏しゅんびんな動きで確認した。だが、どこをどう見てもリクルンなのだ。


リクルンから、先程よりも冷たい空気を感じてきた。

困った私は、助けぶねを出してもらおうと、スペアードに視線を向けた。私がリクルンの観察中はずっと窓を見ていたくせに、今はこちらを見つめているのだ。私と視線があった途端、スペアードは眼鏡をくいっと上げて笑ったのた。

「そんなことより、書庫の整理をしたほうが有意義でしょう」


コイツは一回、黙らせたほうがいい気がする。書庫はスペアードの特殊イベントが発生する場所だ。

スペアードを探して、主人公が書庫へ辿たどり着く。そして書庫に鍵がかかっていないので、扉を恐る恐る開けるのだ。

そこには、本に埋もれたスペアードがいるのだ。

書庫は何十年も掃除や整理整頓がされていない場所で、宰相さいしょうが知識の宝庫として使用するくらいしか使用されない場所だ。そのため、現時点でスペアードくらいしか行かないのだ。私物化された書庫は出したら出しっぱなし、積み重ねまくると言った状態を何十年も繰り返されていたのだ。

そして、スペアードの代で本らは限界を迎え、スペアード目掛めがけて崩れ落ちるのだ。

それほど汚い場所なのに、わざわざ整理なんて言う時点で、コイツは行く気なんて皆無だ。

そう思うと、更に怒りが込み上げてくる。だが、我慢がまんしよう。私は大人なのだから。


しかし、コイツらにはガッカリだ。

折角せっかく、主人公と楽しい旅に連れて行ってあげようと言うのに、それを断るなんて……本当にこの世界の攻略対象は、どうなっているのだ。


「はぁ……確か、入り口の前に見張りがいたと思うが⁇」

リクルンはため息をついて、下を向きながら言った。

リクルンがため息をつくのは、主人公がスペアードルート、つまり一人で旅立とうとしている時にだけ見れる貴重なものだ。そこで抱きしめられて、一人で行かせたくないと引き止めるイベントが発生する。君を危険な目に合わせたくないと、リクルンは目をうるませながら主人公に言ってくるのだ。

そんなせつないシーンのせいで、スペアードルートへ進むことができずに挫折ざせつしたこともあった。だが、今はそんな状況ではないだろう。

なんだろう……もしかしてリクルンは、入り口を見張っていた二人組のどちらかに抱きつきに行くのだろうか。

ジトッとした目でリクルンを見ていると、リクルンがこちらをにらんできた。返事がないからなのか、それとも視線の意味に気づいたのかは分からない。とりあえず、てんあおぐように視線をズラした。

「あー、なんか最初は扉の前に立ってふさがれたんですけど、どうしても用があるって言ったらどいてくれたんですー」

実際は開けてくれなかった。だから、王子と私の仲なのだよと課長風に言って、肩をポンポンとたたいて開けてもらおうとした。

肩を叩いた瞬間、二人して肩を抑えながら崩れ落ちたのだ。肩がと奇声を上げる二人をけて、執務室に入ったのだ。この城の騎士は、副団長のラルフといい軟弱なんじゃくな気がする。こんなんで、この国は大丈夫なのだろうか。自分に関係ないとはいえ、不安になってしまう。

「はぁ……まぁよい。もう用が済んだなら、出ていってくれるか⁇」

思った以上に冷たいリクルンの対応に、私は心が折れてしまいそうだ。しっしと追い払うジェスチャーをされて、私は苦虫をつぶしたような顔でリクルンとスペアードを見た。

リクルンは氷のような顔で無表情、スペアードは太陽のような優しい笑顔を浮かべていた。

ゲームとは真逆の二人に、私はおびえてしまった。これから何が起こるのか、本当にわからなくなってきたからだ。


トボトボと執務室から出た私は、落ち込んだ心をやすべく、次の攻略対象のところへ向かった。

そう、向かう先は騎士団の演習場だ。そこには、騎士団副団長のラルフがいる。ラルフは騎士達の訓練を指示し、自身も鍛錬しているのだ。

ラルフとは魔の森の時、良い雰囲気だった。誰よりも好感度の高い男だったのを覚えている。

そう言えば、山賊達の後処理に追われて忘れていたが、ラルフはちゃんと城に帰ってきているだろうか。

まぁ、誰一人としてラルフを探していないところを見ると、無事に戻れているのだろう。


ふと、足を止めた。

「もし……ラルフの腰がまだ駄目な状態だったら、演習場にいないんじゃね??……そしたら、ラルフは……どこにいるの??」

ラルフとは演習場以外、会うことはなかった。ゲームでラルフを探し回ったことがあるのだが、その時も影一つ無かったのだ。

ラルフが演習場以外の場所にいるのは、ファーストコンタクトの場所である主人公の部屋と、魔の森から帰還した際の王の間だけだ。

もし……万が一いなかった場合、私はどうすればよいだろうか。

不吉な思いを抱えながら、ゆっくりと演習場へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る