第2話 牢屋からこんにちは(1)

「ふがっ⁉」

 目が覚めたようだ。辺りは暗くてぼんやりする。私・名川松子はゆっくりと起き上がった。

「……あれ⁇もしかして寝ちゃった⁇」

 先ほどまで課長らの席を回ってお茶汲みしていた気がするのだが、もしかして倒れてしまったのだろうか。服装を見ると、いつもの制服を着ているのだ。やはり仕事をしていたに違いない。あれだけ課長に嫌味を言われながらも必死に働いたのだ。これはもう体力の限界と言うことだ。私は大きなため息をついて、ゆっくりと辺りを見渡した。

 目の前は壁、左も壁、後ろも壁、右側は……鉄の棒が無数に見える。床は固い岩のような感じだ。コンクリート並みに冷たい。明かりは鉄の棒の先に数本見える程度で、薄暗い場所だ。

「これって……牢屋⁇」

 私は鉄の棒をつかんで揺らしてみるが、ビクともしない。左右を見ると、右側に扉が見えた。近づいて鍵の部分を確認すると鍵がかかっていないのだ。

「はぁ……なんだ。もー課長の悪趣味な世界がここまで広がったわけ⁉」

 そう言って私は扉を押すが、開かないのだ。

「……あれ⁇」

 引っ張ってもビクともしない。上下左右に引っ張っても、開かないのだ。

「嘘⁉……課長……もしかしてひ弱な労働者を逃がさないってわけ⁇」

 扉を力強く揺らすも、全然開かないのだ。

「かちょー!!ヅラッチョー!!起きたんで、これからしっぶーいお茶を入れるんで出してくださーい!!」

 あの悪魔のような課長に、どこかわからない場所に連れ込まれてしまったのだろう。私は非力な労働者だから、権力にくっするしかないのだ。どうせ、茶がぬるいとか茶葉しか入ってないとか文句を言うために、こんな場所に突っ込んだのだろう。まぁ、単純な課長だ。とにかく謝っとけば済むだろう。私は大声で課長を呼んでいる時だった。カツッカツッと足音が遠くから聞こえてきたのだ。

 私はさけぶのを止めて、足音を聞いていた。足音は複数聞こえてきて、私の方に徐々に近づいてきているのだ。

「かちょーもーしわけございまっせーん。今後は仕事っちゅーはねっまっせーん」

 とりあえず、反省している雰囲気を出せばよいと思い、私は頭に浮かんでくる謝罪の言葉を口に出した。足音もだいぶ近づいており、もうじき私の前に来そうだ。

「てか、かちょー会社にこんな場所作るとか、ヤバいんじゃないっすか⁇倒れてしまったか弱き労働者にこの仕打ちって労基に報告しちゃいますよー⁇」

 割と大きな声で話しかけている私に対して、課長は何も言わない。そんな課長にムカついてしまった私は、徐々に文句を言い始めていた。

「もしかして、また明日那とケンカして負けたんですか⁇課長って偉そうに上から目線でいっぱい言ってくるけど、明日那には口で負けるし、カツラは取られるで全然威厳いげんないっすからねー⁇」

 男尊女卑の古い会社だが、お局扱いされる私や明日那は課長と日々ケンカが絶えないのだ。だが、こんな態度を取っても会社をクビにならないのは今のご時世のおかげだろう。私は謝る気を失って、課長を馬鹿にし始めた時だった。反対側から鉄格子てつごうしをガッと掴む手が見えた。

「ひっ⁉」

 私は扉から勢いよく離れてへたり込んでしまった。目の前に来た人は周りの人が持ってきたであろう椅子いすを置いてもらい座ったのだ。どう見ても課長ではないのは分かった。暗くてよく見えないが、濃い緑色の髪を縛って右肩に垂らしているのだ。課長は頭に雲が乗るようなタイプのカツラだ。確実に課長でないことは分かった。

「ふーん。その口の悪さは聞いていた通りだ」

 私を見定めるかのように見つめているのだろう。だが、こちらからはよく見えないのだ。髪が緑色で長髪なんて……いくら課長が男性陣に甘くても、はさみを持って追いかけまわしてバリカンで丸禿げにするのではないかと思うのだ。

 私は恐る恐る近づくと、相手の顔が見えてきたのだ。やはり髪は濃い緑色で長髪だ。だが、服装は何と言うかバスローブみたいな感じのものを羽織はおっていて、厚底のブーツに入っている髪と同じ色のズボンが見えた。顔は……眼鏡だ。眼鏡の奥からするどい目つきでこちらをにらんでいるのだ。きつねのようなキツイ顔に先ほどの声……一見冷たく聞こえる声だが、内に秘める燃え上がりそうなイケメンボイス。これは……

「私は……」

「スペアードだ!!!!」

 私は勢いよくスペアードに対して指を差してしまった。人を指差すのはいけないことだ。無表情の顔でこちらを見つめるスペアードに対して、私は照れながら指を丸めて下げたのだ。

「……ほう。どうやら、殿下の言った通り我々について知っているようだな」

 そう言うと、スペアードはニヤリと笑った。

 彼がこのような不敵の笑みを上げなんて思いもしなかった。私は目が点となって彼を見てしまった。

 本来ならば、リクルンに抱えられてお城に辿り着く予定だった。そして、客間に通されてリクルンに口説かれているはずだったのだ。

 そこにこの国の宰相さいしょうであるスペアードが現れて、王子をたぶらかしたと言って主人公を牢に入れるのだ。そこから主人公に取引を持ち掛けて、物語が始まるのだ。

 いつも無表情で冷たい男だが、恋愛パートを頑張りに頑張ると終盤に一度だけ笑うことがあるのだ。スペアードルートのハッピーエンドでやっと笑顔を見せるので、努力が実ったとプレイヤーが歓喜していたのをネットで見たものだ。それ以外では、冷酷で無表情の男なのだが、今……笑ったのだ。

「もしかして……スペアード、ルート⁇」

 私は一度だけこの男のルートをやったのだが、もう二度とやりたくないほど面倒だったのだ。

 異界から現れた主人公に、盗賊退治やドラゴン退治、廃村の復刻に商人達と駆け引き等……他にも諸々もろもろやらさせるのだ。すべてにおいて時間制限があり、一つでもできないと彼のルートから外されるという鬼畜きちく仕様だった。最悪の場合、主人公が絶命してゲームオーバーになってしまうのだ。それでも、仲間が居ればなんとかなったであろう。だが、ハッピーエンドにするには仲間を作らずに、主人公一人ですべてをクリアせねばならなかったのだ。そのため、このルートをハッピーエンドで終えられたプレイヤーは猛者もさとして扱われていた。

 私も一度やってバットエンドで終わったので、もうやりたくないルートだ。

「殿下が冷たくされる理由はよくわかった。だが、私は違う。どうだ、取引をしないか⁇」

 先ほどよりも冷たい笑みで、スペアードは私を見つめてきた。リクルンに冷たくされる理由はよくわからないけど、今まさにピンチであることは理解したのだった。

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