第1話 異世界召喚(1)

 そよ風を感じる。生暖かい。

 最近、外が寒くなってきたとは思うが、暖房をつけるほどではない。だが、風を感じると言うことは、部屋の窓を開けっぱなしにしてしまったのかもしれない。

 私はゆっくりと目を開けた。

 ぼやけた世界、目の前はなんか緑と水色だ。確か、電気は消したはずだ。それに部屋の壁は最近、人型に近い形のシミができていてきたないと思っていたのに……変色でもしてしまったのか。私は目を細めて、焦点を合わせた。クリアになった視界、目の前には草と晴天の空が見えた。

 身体をゆっくり起き上がらせて、辺りを見渡す。辺りは草原、少し行くと木がちらほら生えており、私の背後には大きな大木がそびえ立っていた。ここからずっと下の方へ行くと、お城みたいなところがある。

「これは……夢……⁇」

 私は目をこすりながらもう一度周りを見るが、景色は変わることは無かった。

「これは……所謂いわゆる、異世界転生というやつ⁇」

 そう言うと、私は自分の服装を見た。穴が開いたヨレヨレのワイシャツにそれを隠すように買ったはずが伸びに伸びてしまったセーター、サイズを間違えて買ってしまったブカブカのスカートだ。どうやら、いつもの出勤スタイルだから死んではいないようだ。もし死んでこの格好で転生するのであれば、転生させた神様につかみかかるところだ。髪を触るも、いつも通り指の引っかかるごわついた髪だ。

「……じゃあ異世界召喚かな」

 だが、こういうのは周りによくわからない召喚士が居て、魔王を倒せとかそう言ったよくわからない話をしてくるはずだ。そして、主人公には必ずチートがつきものだ。

 私は手を前に伸ばし、気合を入れた。

「燃えろぉぉぉぉっ!!ファイアアァァァァァァッッッ!!!!」

 だが、何も起こらない。私は手を頭につけ、ゆっくりと首を振る。

「ふふふっ、どうやら悪い夢のようだ」

 いや、夢なら辺り一面を炎で包めたのではないかと思い、どこかでボヤが起きていないか見渡す。だが、どこにも火の手は上がっていない。

「……寝るか」

 そう言うと私は先ほどと同じ体制に倒れて、眠りについた。


 どのくらい経ったかわからない。だが、もう良い気がする。そう思い、目をカッと開けた。だが、先ほどと同様に景色は変わることは無かった。

「……」

 私はもう、言葉に出すこともできなかった。とりあえず、これは現実の可能性が高いのだ。誰かが私を誘拐ゆうかいしたのだろうか。身代金の要求でもするつもりだろうか。

 身代金なら課長の給料から天引てんびきでお願いしたものだ。

 だが、誘拐するにしてもこんな何もない草原に捨てていくのはどうかと思う。

「さて、どうしたものか」

「もし」

 ふと、横から声が聞こえた。先ほど辺りを見渡した限り、人っこ一人いなかったはずだ。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!」

 私は声の方を振り向きながら、全速力で後ずさった。勢いが良すぎたせいで、大木に頭をぶつけてしまった。

「ふごっ!!」

 あまりの衝撃に頭をかかえてうなるしかなかった。

「……大丈夫でしょうか⁇」

 その声はき通るような優しい声だった。どこかで聞いたことがある気がするのだ。私はゆっくりと顔を上げる。

 そこには、金色のサラサラの短髪、エメラルドグリーンの瞳で優しい目をしたイケメンがいたのだ。イケメンに見惚れそうになったが、服装を見ると重々しい鎧を着ているのだ。コスプレイヤーだろうか。

「先ほどから目を覚まされないので、心配していました」

 そう言うと、男は優しい微笑みを私に向けた。またその笑顔にほだされそうになったが、男の背後におびただしいほどの数の鎧が見えた。いや、鎧を着た人達だ。

「……兵隊⁇」

「⁇……あぁっ、これは我が騎士団です。私の護衛です」

 そう言うと、男はにこりと微笑んだ。私はその顔、声を聞いて頭をフル回転させた。聞いたことのある声に、この顔……最近どこかで見た気がする。

「申し遅れました。私は……」

「リクルン」

「えっ⁇」

 リクルンと呼ばれた男は、笑顔が少し引きっていた。

「きゃぁぁぁぁっ!!!!あなたは夢プリのリクルンじゃないのぉぉぉぉっっっ!!!!」

 私は大声で奇声をあげてしまった。リクルンと呼ばれた男は目を丸くして私を見ている。

 どうやら私は異世界召喚されてしまったようだ。召喚先はなんと私が昨日もプレイしていた『夢から目醒めざめる~プリンスたちの愛のつぶやき~』と言うゲームだ。

 最近、売れに売れている小説家の作品を元に作られた乙女ゲーだ。主人公はある日突然、夢の世界に迷い込んでしまうところから始まるのだ。攻略キャラのイケメン達と町の問題や世界のなぞいたり、ルートによっては魔王を倒して友情や愛をはぐくんでいく物語だ。

 ゲームは好きだが、乙女ゲーには手を出したことが無かった私は、このゲームの発売当初、買う予定は無かった。だが、明日那がこのゲームの原作、つまりは小説を読んでいて面白いと話していたのでケースの裏でも見ようかと思っていたのだ。

 だが、パッケージを見た途端、考えは変わったのだ。イケメン達の顔にやられた私は初回限定版を即買いしてしまったのだ。それから毎日、寝る間も惜しんでプレイしていたのだ。

 そのせいで、会社で爆睡ばくすいしてばかりで課長に反省文を何枚も書かされたのだが。まぁ、その度にこのゲームのキャラが如何いかにカッコいいのかを書きつづって課長をさらに怒らせていたがな。

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