物語通りに進まなきゃ困るんですが⁉

紗音。

プロローグ

 いつもと何も変わらない日常、平凡な毎日。私、名川めいかわ松子まつこはそんな日常にきと疲れをもよおしている。ガタガタ、ピーピーうるさく鳴り響くオフィス、その片隅かたすみで私は一人寂しく物思いにふけているのだ。

「ちょっ、松!!」

 その声と共に私の肩を揺らす人がいる。生気せいきの抜けた顔でゆっくりと振り返ると、そこには同期の頏河のどかわ明日那あすながいた。彼女はあわてて私の目の前にあるコピー機を操作し始めた。

「あー明日那、いま印刷ちゅー」

 私は意識がうつろな状態で明日那に声をかけるが、彼女は印刷を中止にしてしまった。午後一で使う資料のコピーをしているのに、なぜ止めるのだろうか。

「松!!起きて!!!!もー資料の間に手を入れっぱなしだよ!!」

 明日那の言葉にゆっくりとコピー機のスキャナ部分に目をやる。なんと、私の左手がはさまっているではないか。私は驚いて、手を抜き出した。

「いやぁー手が焼けちゃう」

「いや、焼けないから⁉もぉーまた徹夜てつやでゲーム⁇」

 そう言いながら、明日那はささっと準備をしてコピー機を再び動かし始めた。私はその姿を見つめていた。

「うん。リーくんイケメソ過ぎて、何十周回プレイしたかわからないわー」

 目の下のくまが、これでもかと言うくらい私の目をつぶしにかかっている。もう、勝てる気がしない。

「ん-ゲームをやっていないと、どんな姿絵かわからないわー。今度、時間があったら見てみるわ」

 明日那はコピーされた書類をまとめて、ホッチキスで止めて私の手の上に乗せ始める。明日那は本当に仕事ができる。事務作業もパパっとできるが、営業に回れば天下一品だ。誰もがYESと言うほどの交渉術こうしょうじゅつを持つほど、トーク能力が高いのだ。

 明日那はサラサラロングの黒髪を一本に結んでいて、すれ違うと花のようなふんわりと香りがただようのだ。モデルのようにスラッとした身体に、つり目の奥二重おくぶたえの瞳はカッコいいのだ。営業だからスーツを着ているのだが、パンツスタイルがさらにカッコよさをかもし出している。声は少し低めなので、落ち着いた大人の女性にしか見えない。

 対して私は事務員なので制服を着ているのだが、薄ピンクのヨレた制服かつスカートからは糸がほつれて垂れている状態だ。本当に制服かと疑ってもよいほどの扱いだが、着てりゃいいだろう。肩につかないくらいのミディアムヘアで、寝癖ねぐせがアンテナのようになっているのだ。顔は普通くらいと自負しているが、最近の夜更かしが影響して、目はまぶたに潰されてまともに開かない。その上、目よりも大きい隈のせいで、どちらが目かわからなくなりかけている。

「もー松は可愛いんだから、もう少し見た目をシャキッとしなさいよ⁇」

 そう言うと、明日那は私の手の上に資料をそろえて営業へ行ってしまった。私も明日那のようになれたらいいのだが、幾分いくぶんやる気が無いからできないのだ。スキルが無いかもしれないが、その前に挑戦する心とやる気が無いから未知なる力を持っている状態としか言えないのだ。

 私は明日那が乗せ忘れた資料を一番上に乗せて、課長の元に歩いて行った。このくらい自分でやればいいのに、この会社は昔ながらの男尊女卑だんそんじょひが定着した会社なので、お茶みやコピーは女性の仕事なのだ。そんな中で活躍する明日那は、社内の期待の星なのだ。

「ヅラ……カチョー、コピー終わりましたー」

「ん⁇なんか聞こえた気がするが、まぁいい。そこに置いといてくれ」

 課長はそう言うと、机の空いているスペースを指差した。課長は身長が小さい、えらそうなおっさんだ。気難しい顔と性格をしているので、あまり関わりたくない。

 私は課長が指定した場所に資料を置いて、自席に戻ろうとした。

「……ちょっと待て」

「……はい⁇」

 私が振り返ると、顔を真っ赤にした課長がこちらを見ていた。

「これは何だね⁇」

「はっ⁇課長に頼まれた資料です」

 私がそう言うと、課長は私の目の前に資料を出してきた。そこには私の手が写っているのだ。

「君……これで何回目だね⁇」

「……いやー課長。私の手相でも見るおつもりですか⁇」

 明日那が乗せ忘れたと思っていた紙はどうやら、私が印刷ミスしたものだったようだ。そう言えば、出かける直前に何か言っていた気もするがあまり聞いていなかった。

「まったく!!松子くん!!!!」

 課長は怒鳴った。オフィス中に響くくらい大きな声で。それに私は応戦してしまったのだ。

「だから!!松子って呼ぶなって言ってんでしょ!!⁇このヅラチョー!!!!」

 毎回やらかす度に課長は私を『松子』と呼ぶのだ。私は下の名前で呼ばれるのが大嫌いだ。何か古臭く感じて、とにかく呼ばれるのが嫌いなのだ。

 そうなると、私も切れて課長とケンカをするのが、日常茶飯事なのだ。仕事よりもケンカしている時間の方が多いこの会社では、気力と体力を使い果たしてしまう。

 そのため、家に帰るとベットにころがって朝まで爆睡ばくすいコースなのだ。今日も変わらず、いつものように深い眠りにつくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る