プロローグ
第2話 誕生
「はあっ! はあっ!」
お昼近い時間帯、混雑する街中を一人の男が息を切らせて走っている。
人通りが多いにも関わらずその男は全力疾走で、時折人にぶつかり謝りながらもその足を止めることはない。
そんな状況であるが、ぶつかられた人から苦情が出ることはなかった。
なぜなら、その男が着ている服が警察の制服だったからだ。
警察官が必死に街中を走っている。
なにか大きな事件が起こったに違いないと、ぶつかられた人もそれを見ていた人も不安気な表情でその男を見送った。
こうして人込みを縫って走っていたのだが、ついに脇から出てきた大柄な人物と派手に衝突してしまった。
「痛ってえ! どこ見てやがんだ馬鹿野郎!!」
ぶつかられた大男は、ぶつかってきた男に向かって大声で文句を言った。
その光景を見ていた周囲の人々は、固唾を吞んだ。
なぜなら、その大男は使い込まれた鎧と武器を携帯しており、見た目から傭兵であることが分かったからだ。
この世界に蔓延る妖魔を狩ったり、その妖魔から街から街へと移動する魔動車を護衛する仕事である傭兵は戦闘職だ。
例え相手が警察官とはいえ、ぶつかってきたのは警察官の方だ。
揉め事になる。
周囲の人々はそう思った。
だが。
「す、すみません! 大丈夫ですか!? 急いでいたもので……」
「急いでるからって、こんな人込みの中を全力疾走する馬鹿がいるか! ……って、なんでえケーシーの旦那じゃねえか」
「え? あ、ああ。バロックだったか。すまない、大丈夫か?」
ケーシーと呼ばれた警察官は、ぶつかって倒してしまったバロックと呼ばれた男に手を差し伸べていた。
どうやら二人は知り合いだったらしい。
ということは大きな揉め事にはならなそうだと、周囲の人々はようやく緊張を解いた。
そんな周囲の緊張と緩和など知らない二人はそのまま話をしだした。
「そんなに急いでどうしたんだよ。なにか事件でもあったのか?」
その言葉は、まだ二人の会話に聞き耳を立てていた周囲の人々の関心を誘った。
そんな風に周りから関心を寄せられ聞き耳を立てられているとも知らないケーシ
ーは、バロックに事の次第を話し出した。
「妻が産気付いたと連絡があったんだ!」
「そんな理由かよ!」
バロックの叫んだ言葉は周囲の人々の総意でもあった。
警察官が日中に全力疾走している。
事件か!? と思ったらこれ以上ないほどの私事。
そう思うのも無理はない。
だが、ケーシーからすれば軽々しい理由ではなかった。
「そんなこととはなんだ!? サーシャは今命懸けで出産しようとしてるんだぞ! サーシャになにかあったら俺は……」
奥さん、サーシャって言うんだ。
周囲の人々はそんなことを考えていたのだが、バロックはそうではなかった。
悲痛な表情のケーシーを見て、バロックはポリポリと頭を掻いた。
「あー、すまねえ旦那。旦那は嫁さんを溺愛してたんだったな。ようやくできた子供だって言ってたし。そりゃ、そんなことって言われたら怒るのも無理はねえな」
そう素直に謝るバロックに、ケーシーは目を伏せながらポツリと呟いた。
「……それだけが理由じゃないけどな……」
「ん? なんだって?」
あまりにも小さい声だったのでバロックには聞き取れなかった。
なので聞き返したのだが、ケーシーは首を横に振った。
「いや、なんでもない。そういう訳だからもう行くな。すまなかったバロック。今度酒でも奢らせてくれ」
「おう。無事に産まれるといいな」
「ああ、それじゃ!」
ケーシーはそう言うと再び走り出した。
その後ろ姿を見ながら、バロックも歩き出した。
「さて、あとで出産祝いでも持って行ってやるか。なにがいいかね……」
そう呟きながら歩くバロックの顔には、抑えきれない喜色が浮かんでいた。
そしてその日の夕方、ケーシーの妻であるサーシャは男の子を産んだ。
金色の髪の父ケーシーと黒髪の母サーシャの間に産まれたその子は、珍しい銀色の髪をした子供だった。
母子共に健康で、フェリックスと名付けられた男の子はすくすくと育ち、そして十五年の年月が経った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます