短編集
文目鳥掛巣
その瞼の裏に
概要:Twitterでお題をもらって書いたものです
君は僕より少し背が低くて、少し歩幅が短くて、少し体温が高くて、少し走るのが速い。それから、僕よりずっと優しくて、ずっと明るくて、ずっと頭が良くて、少しだけ泣き虫なんだ。
「みんなが上手く折っているのに、私のだけ不格好なの。」
少し頬を膨らませて、君は照れ笑いをした。少し赤くなった顔が僕は大好きだった。
「いっぱい、色があるね。」
「百色の色紙で作ったの。綺麗でしょ?病気なんてすぐに良くなるわ。」
君から受け取った千羽鶴は、クラスのみんなで作ったものだけど、僕は君からもらえることが凄く嬉しかったんだ。たくさんの鶴は一つ一つ綺麗に折られていたけれど、中には尻尾が曲がっていたり、羽が歪んでいたりするものもあった。これは誰が作ったのか、きれいに折れるのは誰なのか、君は細かく教えてくれた。鶴を指さしていく君はキラキラと輝いているようだった。いつの間にか、君より細くなってしまった僕の腕は、弱弱しくも千羽鶴を抱き上げて、その重みを感じていた。病室の蛍光灯に照らされて、淡く光る折り紙の群れは、無機質な部屋に色どりを与えてくれる。
「明日はお花を持ってきてあげる。植木じゃないよ。切り花だからね。根が張ると長くなっちゃうんだって。」
得意げに話す君に僕は嬉しくなった。お花をくれるからじゃない。明日も君が来てくれることが嬉しかったんだ。どんなものでも構わない。君がここにきてくれるだけで、僕は病と闘える。
「元気になったら、またみんなと公園で遊ぼうね。新しいブランコができたんだよ。」
「いいなぁ。ジャングルジムはまだあるの?」
「もちろん。ペンキを塗り直したから、今は青色なんだ。前は三色だったのに、今は青一色なの。」
君は口をとがらせて話していた。日が落ちるまでみんなと遊んだ記憶が蘇える。僕はその頃から、君のことが好きだった。高いところが苦手だった君に褒めてもらいたくて、ジャングルジムの一番上まで登った。てっぺんまでの競争に負けたことはなくて、小柄で軽い僕が運動で唯一褒めてもらえることだった。ジャングルジムの上から、ピョンピョン跳ねて僕を称えてくれる君を見るのが、何よりも好きだった。
僕の病気はよくないらしい。君が来る前に、お医者さんはお母さんと話していた。毎日の点滴も、週に一回行う検査も我慢しているというのに、神様は僕を救ってはくれないらしい。歩くことも難しくて、ほとんど寝たきりで、毎日窓ばかり眺めている。だんだん、できないことが増えていって、君に褒めてもらえることもなくなった。君から聞くたくさんの単語も、僕の知らないものが増えていって、自慢げに話す君を見ているのは楽しいけれど、同時にとても寂しくなるんだ。君が小さなビンに刺していってくれた花は枯れてしまったけれど、僕はまだ、この病室で寝ているし、相変わらず細い腕ではジャングルジムに登ることもできない。だんだんと、君が来てくれる日も少なくなって、僕は静かに目を閉じた。
真っ暗な部屋で僕は寝ている。腕を上げる力もないけれど、一生懸命に心臓を、肺を動かしている。
「今日は、天気がいいよ。雲が一つもない、どこまでも青い空なんだ。」
君の声が聞こえた。真っ暗な部屋に君が映る。窓を寂しそうに眺めて、君は口を動かしていた。時々、僕に向かって笑いかけてくれる。
「天気予報は雨だって言ってたから、傘を持ってきちゃった。誰も持ってないから恥ずかしかった。」
照れ笑いをする君の顔は、やはり少し赤くて、僕は温かくなる。僕に受けられた君の顔は僕だけの者のような気がした。触れた君の手は温かくて、その熱が僕を包み込んでいくようだ。君は、それから毎日のように来てくれる。いつも、僕の傍に座って照れたように笑う。僕の大好きな顔で笑う。僕は何も返せないのに、君が来ることを望んでいる。それだけで、生きていたいと思った。
心電図の音がうるさくて、君の声が聞こえなくなっても、僕の目には君が映っていた。君が笑いかけてくれる。いつも、君が傍にいてくれるだけで、幸せだった。
「ねぇ、目を、開けてよ。」
電子音の合間に聞こえた君の声は震えていたのに、君の姿は僕の大好きな照れ笑いのままだった。
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