第14話

「お嬢様……っ!」


 すかさずティディが、私を庇って前へ出ます。

 このままでは彼が死んでしまう……! と思った瞬間、アードの放った炎が私たちを避けるように割れました。そして、あっという間に霧散します。


「なんッ!? クソがッ! 今なにをしやがった!?」


「……わたくしの中には、お嬢様を守る宝珠の精霊が宿っております。あなた様がお嬢様に捨てさせた”彼”、あのぬいぐるみの精霊です」


「はァ!? ぬいぐるみの精霊だと!? なにをふざけたことを言っていやがる!」


 驚愕を露わにするアードの問いに、ティディが静かな声で答えました。

 そして彼へと歩み寄り、向けられている杖の先端をぎゅっと掴みます。


「ふざけているのは、あなた様のほうです。レイナお嬢様を傷つけようとなさいましたね。この杖の触媒に宿る精霊には、しばし沈黙していただきましょう」


「は、放せッ! おい、このっ……! なんだ!? どうして魔法が出ないんだッ!? 最高級の魔法石を埋め込んだ杖なんだぞ!?」


 アードはティディの手を杖から振り払おうとしているようですが、どうやらビクともしない様子でした。

 魔法の炎もこれ以上出てくる気配はなく、彼の顔色がみるみる焦りに染まっていきます。


「クソッ! この、放せって言ってるだろうがッ!」


 どすん、と。

 アードの拳がティディの胸を叩きます。

 ティディはそれを躱そうともせず、ただ彼から杖を取り上げました。


「わたくしは暴力を好みません。いかにあなた様が相手といえど、お嬢様に痛々しい、野蛮な光景を見せたくなどないのです。どうか理解し、暴れるのをやめてください。レイナお嬢様に向かって魔法を放ったあなた様を殴るのを、わたくしが我慢しているうちに」


「我慢ッ!? 我慢だとッ!? 誰に向かって偉そうな口を利いていやがるッ! その女は俺の所有物だ! 俺が俺のものをどう扱おうが勝手だろうが……!」


「いいえ、違います。お嬢様は誰の所有物でもございません。よいですか、アード様。このお屋敷に、あなた様が好き勝手にして許されるものなど、なに一つとしてないのです」


「御託を並べるなァァァァッ!!」


 アードが再び絶叫し、右手を大きく振りかざしました。

 その掌に魔力が集まっていくのを感じ取り、私は息を呑み込みます。

 多少威力は落ちるでしょうが、彼は杖なしでも炎の魔法を使えるのです。それをティディの顔に向かって放つつもりなのでしょう……!


「死ねぇッ! 不気味で生意気なクソ従者がァ!」


「――もうよい」


 突然、広間に重苦しい声が響き渡りました。

 アードの魔法は、発動しておりません。

 代わりに彼の両腕には、炎でできた手枷のようなものが現れていました。


「あがががががッ!? 熱い、熱いぃぃぃぃぃッ!?」


 一拍遅れて、アードの悲鳴が轟きます。

 ティディが彼から距離をとると、アードの両足にもさらに炎枷がはめられました。


「あづッ、づぃッ!? 熱ぃッ!? いた、痛ぃぃひぃッ!? 燃え、燃えるゥゥゥッ!?」


「……我が息子ながら、なんと情けない姿だろうか。この程度の炎が”熱い”だと? 貴様それでも、本当にタルファン家の跡取りのつもりなのか?」


「タルファン卿……」


 ティディが恭しく礼をします。

 屋敷の中央、大階段のある方角から、二人の男性が歩いてきます。


「いやいや、卿の炎を受けて平気な者などいないだろうよ。まあ、それは儂の炎でも同じだろうがな。どれ、一つ試してみようか? 一体どちらが、我が娘を害しようとした不届き者を、大きくさえずらせられるのかを」


「やめておこう。今、卿に手出しをさせれば、せがれは骨すら残らぬだろうよ。不肖の息子だが、まだ使い道は残っておるのでな。――まあ、もはや手足程度は要らぬかもしれぬが」


 二人は、床を転がり悲鳴を上げ続けるアードを見下ろし立ち止まりました。

 私は緊張で喉を鳴らします。


 タルファン伯爵に、ソファン伯爵。

 彼らはアードのお父様と、この私レイナのお父様です。 

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