クリミネーション・クライシス-澪標探偵事務所の事件簿-

ひなた華月

Prologue

Prologue 探偵・澪標零との出会い


「おい、ちゃんと生きてるか?」


 私の身体を抱きながら、そう呼びかけてくる声が聞こえた。


「――、――――」


 だけど、灼けるような喉の痛みのせいで、私は声を発することができない。


 そして、私の眼は、包帯が巻かれている為、その声の人の姿を見ることができなかった。


 さらに、その男の人の声に紛れて、パチパチと、木が爆ぜる音が何度も聞こえてくる。



 ずっとこの場所で過ごしてきた、私の世界が燃えていく。


 きっと、いま私がいる本殿だけが被害に遭っているわけじゃない。


 境内の中にある建物全てが、今は火の海になっているはずだ。



「……よし。呼吸はちゃんと出来てるな」


 しかし、私が生きていることを確認すると、彼は安堵するようにそんなことを呟いた。


「いいか、もう分かってると思うが、もうすぐここは焼け落ちる。その前に、俺がお前を連れ出してやる」


 そして、その声の人は、私を抱きかかえたまま歩き出そうとする。


「…………だ、め……」


 しかし、それを私は、彼の服を必死に掴んで、やめさせようとする。


 喉が痛くて、本当はこれ以上喋りたくない。


 それでも、私を連れ去ろうとする人に向かって、警告する。


「あな、たが……しん、じゃう」


 この男の人が、一体どこの誰だか分からない。


 だけどもう、私のせいで誰かが死ぬのは、耐えられなかった。


 だから、私の事なんて、助けなくてもいい。


 私なんか、今ここで、死んでしまったほうがいいのだ。


「死ぬ? はっ、この俺が?」


 しかし、声の主は私の忠告を嘲るように笑う。


「だったら、本当に俺が死ぬかどうか、あんたの眼で見て確かめな」


 そう言うと、彼は私の眼に巻かれた包帯を勢いよく外した。


「!!」


 真っ赤な炎に包まれた部屋の中で、私を抱く彼の姿が瞳に映る。



 雑に切られた黒髪の短髪で、身長は私より一回りも高い。


 そして、細身ながらもしっかりとした筋肉が付いていることは、床下まで伸びた黒いコートを羽織っている姿からでも分かった。



 年齢はおそらく20代くらいだろうか?


 そんな彼が、切れ長の目が私を睨み、不敵な笑みを浮かべて私に再び尋ねる。


「どうだ? この俺が死ぬと思うか?」


 その自信に満ち溢れた声を、私は今でも時々思い出すことがある。


 そして、このとき観てしまった彼の姿を、私は一生忘れることはないだろう。


「分かったんなら、ごたごた言ってねえで、こんなところさっさと出るぞ。後のことは、まぁ俺が何とかしてやる」


 それだけ言って、彼は私の返事を待つことなく、私を抱きかかえたまま、外へと連れ出した。


「あな、たは……だ、れ?」


 その腕の中で、私はようやく、彼にそんな質問をした。



澪標みおつくし



 すると、彼はさも面倒くさそうに、私に告げる。



澪標みおつくしれい。お前と同じ『』だよ」




 こうして、私は何十年と過ごしてきた神社の本殿から、外の世界へと解放されることになる。


 これが私……更級さらしな紫苑しおんが、探偵・澪標みおつくしれいと初めて出会った日の出来事だ。


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