料理がマズいと言われ続けて限界がきたので、もっとマズいものを作って差し上げたら旦那様に泣かれてしまいました
伊澄かなで
第1話:頑張って作ったはずなのに……
「何だこれは。まるで家畜の餌ではないか」
カチャン、と皿の上に放るようにしてスプーンを置いて、私の夫であるデミアルド様は顔をしかめてそう言いました。
「エルネット。お前はいったい、いつになったら母上のように料理を作れるようになるのだ?」
私はうつむき、「申しわけありません……」と謝ります。今回のスープは美味しく出来たと思っていたのですが、まだ努力が足りないようです。
でも、これ以上どうしろというのでしょうか……。
宮廷の料理人からレシピを教わり、一生懸命に何時間もかけて作ったものだったのに……。
私もひとくち自分のぶんのスープを飲んでみると、丁寧に下ごしらえをされた野菜の旨味と、ちょうどよい塩加減が口の中に広がります。
やはり教わった通りに出来ているように私には感じられるのですが、そんな私をデミアルド様は忌々しげにギロリと睨みつけました。
「それは抗議のつもりか? 捨てろ捨てろ。腹を壊して医者を呼ばされるほうの身にもなれ」
「……はい」
他人が不味いというのだから、きっとこれは不味いスープなのかもしれません。
だけど”お腹を壊す”だなんて、そんなふうにまで言わなくてもいいのに……。
「まったく、これではお前と子を成すことなど不可能だな。生まれてきた子どもを飢え死にさせてしまいかねん」
吐き捨てるように言うデミアルド様。
今までの人生で料理などしてこなかった私にとって、食事の時間は楽しいはずのものでした。家族仲は悪くありませんでしたし、屋敷の使用人の作る料理は、どれも美味しいものでしたから。
それが自分で作っただけで、こんなにつらい時間になってしまうものなのですね……。
実家の使用人たちには、普段からもっと感謝すべきだったと今になって思います。
「お前はこの結婚が、どれほど重要なものか分かっているのか?」
「……はい」
問いかけられ、私はうつむいたまま小さな声で返事をしました。
私ことエルネット・アデローラは人間族の侯爵令嬢、デミアルド様は魔族です。
彼の頭には羊のような大きな巻き角があり、肌は褐色。髪の色は宝石を糸に紡いだような、薄い青色を帯びた銀髪でした。瞳の色は、深い紅色をしています。
対して私は祖国では珍しくもない茶色の髪と瞳なので、彼と並ぶと夫婦というより、まるで主人とその奴隷のようだと屋敷の使用人たちは陰で言っているようでした。
人間と魔族は長い間戦争をしていたのですが、今回ついに和平の取り決めがあり、私は友好の証として彼の元へ嫁がされたのです。
そんな私と彼との間にずっと子どもができなければ、やはり魔族との友好など不可能であると言い出す者もいるでしょう。事実、なんとかこの和平を反故にしようと、暗躍している貴族たちもいるようでした。
「分かっているなら、もっと真剣になって努力したらどうなんだ」
「……っ、申しわけ、ありません」
でも正直、私はもう限界でした。
魔族の貴族たちは敵のスパイから毒殺されるのを防ぐため、食事は使用人に作らせずその家の妻が用意するのが風習であるとのことなのですが、それもよく理解できません。
恐らくは、形だけの風習なのだと思います。
だって彼らは和平会議の際に、宮廷の料理をパクパクと口にしておりましたし、結婚するまでの間、母親の料理しか食べないということもないでしょう。
そして何より……。
「はぁ……、仕方がない。俺が戻って来るまでに、作ったゴミは捨てておけよ」
「えっ、あの、どちらへ行かれるのですか?」
「決まっているだろう。愛人のところだ」
「…………っ」
デミアルド様は私の料理にはほとんど手を付けることなく、他の女の料理を食べにいくのです。
いくら和平のための結婚とはいえ、こうあからさまに愛人がいることを公言されるのも、私には耐え難い事柄でした。
私が呆然とデミアルド様を見送っていると、彼は部屋を出る前にこちらをちらりと振り返り、事のついでのように告げてきました。
「ああ、それから、明日は俺の親父殿がこの屋敷に来るからな。そのときもこんな無様なゴミを出してみろ。お前を国へ送り返してやる」
……頭の中で、プツリと何かが切れるような音がしました。
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