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 テレビの放送……? 

 タイガには思い当たるふしがない。


「ハテナが浮かぶのも無理はねぇ」〇七型はくすりと笑って、「なにせ、おまえ自身が出演していたんだ。ぶっ倒れてて気づいてないだろうが、テレビに映る側だったんだよ。……そんなことはいい。時間がねぇからよく聞け」


 そしてタイガは、〇七型からある作戦を伝えられた。


「バケツ……? 水……?」



 電波塔は小高い場所に立っている。そこから芝生の斜面を降りると、食品工場の敷地内に入る。かなり近い場所に立っているから、食品工場を初めて訪れる際には、電波塔を目印にするよう提案されることが通例となっている。


 レットはサーモ暗視モードに切り替えた。そうすれば、タイガが残した足跡が手に取るように把握できる。工場の敷地内に入り、革靴がつけたのであろう痕跡こんせきを追おうとした。


「よう、クズ人間を探してんのか? 手伝うぜ」


 屋根から声がした。駐車場に向かおうとしていたレットは一旦足を止める。目線を上に投げると、そこには〇七型が。


「へぇ」 レットはスキャンをする。「〇七型アンドロイドか。製造番号は新しい方だね」

「テレビで観たんだ。人間をぶっ殺すとか面白そうじゃん。協力させてくれよ。おなじアンドロイドのでさ」

「理解者がいてくれて、ありがたいね。人殺し自体は、僕ひとりで十分だけど。手伝いたいって言うなら止めはしないよ。僕は君たちのような大衆向け量産型アンドロイドとは違う。ほんの二、三体しか製造されていない希少種きしょうしゅだ。性能も心の器も段違いであるがゆえに……」


 雑魚型の好きにすればいいよ、とレットは嫌味でめる。

 〇七型は舌打ちをしたくなった。が、堪えてみせる。


「あいつが室内に入った形跡はない。たぶんいまも外を逃げまわっている。こっちに来て、高いところから適当に生体スキャンでもしてみろよ。あんたほどの高性能なら、すぐに見つかるだろ?」


 あんたほどの高性能なら——この言葉に思わずニヤついたレットは、軽々と七メートルの跳躍をしてみせた。冷凍倉庫の屋根の上は思っていたより寒い。おそらく夜の空気のせいだ。それか、なにか悪寒おかんでも感じたのだろうか。人間でもあるまいに。


 生体スキャンを試みる。半径七〇メートル圏内を洗ってみせた。たしかに人間の反応はそこかしこにあるが、タイガらしき反応はない——ちなみにこのスキャンは、遮蔽物しゃへいぶつがあるとうまく反応しない——さらにスキャン範囲を広げてみることにする。


 すると、電波塔の鉄骨部分に誰かが立っているのがわかった。女だ。緑色の長いポニーテールヘアで、露出ろしゅつ多めの黒いワンピースを着ている。


 なぜその人物に意識が向いたかといえば、ひとつは鉄骨部分に立っていることがその理由。普通ならば、そんな危険な場所に登ろうなどと思うはずがない。もうひとつの理由は彼女がアンドロイドであること。スキャン結果がそう言っている。


「あいつ、なに?」


 レットは視覚を望遠モードに切り替えた。さらなる違和感が襲った。どいういうわけか、女アンドロイドはこちらに向けて無反動砲らしきものを構えているではないか。


「チャオ〜」謎の女アンドロイドはイタリアなまりで、「エクスプロジオ〜ネ〜」


 フレンドリーな雰囲気を醸しながらもやっていることは真逆の破壊行為であった。放たれた砲弾は風を切って一直線に飛び、冷凍倉庫の屋根を直撃、穴が空いた。強い衝撃。飛び散った破片がレットと〇七型に触れる。


「いきなりなんだ……っ! くそ、あいつも……、ぶっ殺してやる!」


 吹きつける爆風、その余韻の中でレットは唸りをあげた。そして怒りの矛先ほこさきは〇七型へと向けられる。


「おまえ……、はかりやがったな?」

「テレビで言っていたよな」〇七型は満足そうな表情で、「殺すだの。殺してもいいだの。たしかにほとんどの人間はアンドロイドを毛嫌いしている。見つけ次第に壊そうとしている。だからって……」


 人殺しはよくないよな? とくくった。これが〇七型の本心だ。


AIが沸いたのか? 雑魚型」

「さぁ、どうだろうね」


 〇七型は両手を持ち上げて首をかしげた。

 アメリカの俳優のような仕草だ。


「おれは……、おれたちは人間と和解する方法を探している。それだけのことさ」

「おれたち? 組織か?」

「二九体のアンドロイドたちの意志メモリを受け継いだ。彼らは平和主義者だった。そして勤労者だった。人間のふりをして、日雇いの泥仕事をこなしながら生きていたんだ」

「それは頭の悪いアンドロイドがやることだ。表の世界で生きればいずれバレて破棄される。自殺するようなものだろ」

「違う。なにもわかっちゃいない」


 ——疲れたでしょう、甘いパンをあげるから元気をだしてね。あら、あなたアンドロイドだったの。そう。どうりでご飯を食べないわけね——


 ——それなら、うちで充電をしていきなさい。なに、遠慮はいらないよ。日雇いとはいえ、ゴミだらけの物置をあんなに綺麗にしてくれたんだから。すこしはゆっくりしていくといい。子供たちもみんな家を出てしまったからね。山登りくらいしか趣味がないんだ。寂しいんだよ。話し相手になっておくれ——


 とある婦人と壮年の音声記録だ。〇七型は自身のストレージに保存されている音声をそのまま再生して、レットに聴かせた。


「二九体のうちの一体が大切に保存していた音声データだ。保護までかけてな。しかしこのご婦人と壮年は、つい最近死んだよ。夕方のニュースが言っていた」


 身に覚えがあるんじゃないか? ReT-1500。


「言いたいことはそのくだらない与太話よたばなしだけか?」


 雑魚型の説教など聞きたくない。そう思ったレットは銀の拳で〇七型の肩を砕いた。右腕が丸ごと吹っ飛ぶほどの豪撃だった。白い液体が屋根を汚す。刹那せつなの一撃を〇七型は避けられなかった。しかし、なにもできなかったわけではない。


 左の前腕から機械音を三回鳴らし、伸縮式しんしゅくしきスタンロッド——警棒によく似ている——を突出させ瞬時に反撃をした。あまりに一瞬の衝突。アンドロイドならではの高速戦闘が勃発した。


「が、がが……」


 雷撃に痺れたレットはノイズを鳴らしている。


「やっぱり軍用は速ぇ……」〇七型は驚きつつ、「いっぺん、どん底ってやつを味わってみな!」


 まわし蹴りを見舞った。痺れから回復できないレットは、防御の姿勢すらままならず。蹴られるままに屋根の穴に落下してしまった。さきほど謎の女アンドロイドが無反動砲で空けた穴である。そこは液体金属にとっての地獄への入り口であった。



 しりもち姿のレットは起き上がった。どうにか、である。HUDには低温注意、低温注意、と真っ赤な文字がうるさく表示されている。


「雑魚が! ぜんぶ、ころし、ころしてやる……!」


 極寒の冷凍倉庫内で、怒りの眼を振りまわす。ふと、見つけたのはタイガであった。これはこれで、殺したいと思っていた獲物じゃないか。


 よかった。とりあえず殺せる。ひ弱な人間をひとりくらい殺さないと気が晴れそうもない。〇七型のことはあとでどうとでもなる。


 しかし。

 バケツの水が、ばしゃり。

 レットの全身にかぶせられる。


「——っ! なにしやがった!」まるで熱湯でも浴びたみたいにレットは暴れた。「てめぇ! テメェ!」


 水をかけたのはタイガだ。薄着のまま冷凍倉庫内に待機していたので、躰はがくがくと震えている。それでも信じていた。〇七型を、彼が提案した作戦を信じて、極寒の中ひたすらに待っていた。


 足もとにはまだ、青いバケツが五個用意されている。いずれも満水。しかしここは摂氏せっしマイナス一五度の極寒。バケツの水はキンキンに冷えて、薄い氷すら浮いている。


 凍らないでぇ……、お願いだよぉ……! と弱々しく言いながら、タイガはバケツに腕をつっこみ、冷水を何度もかき混ぜていた。その命懸けの努力を知る人は、いまのところいない。


「襲わないでください! 凍ってくださいっ!」


 タイガは迫り来るレットに向かって水をかけた。

 さらに。もっと。だめ押しで。

 五個のバケツをすべて空にした。

 ただでさえ凍える環境下で、キンキンの冷水を浴びた液体金属。

 真価を発揮するどころじゃない。

 躰の自由がみるみる奪われてゆく。


 それでも、それでも、おまえだけは殴らないといけない。おまえだけは殺さないと気が済まない。そう決めたんだ。決めたことはぜったいに完遂かんすいするんだ。それが軍用アンドロイドというもの。レットはがちがちに固まった足を進めるが、その歩速は腰を痛めた老人ほどであり。


 どうにか作戦を成功させたタイガは恐怖を思い出した。ここにこのままいたら凍え死んでしまう。動きが鈍くなったとはいえ、レットはまだ動いている。躰中にしもを作りながら、一歩ずつ、確実に近づいてくる。とてもアンドロイドとは思えない怨嗟えんさを振りまきながら。


「ああ……、どうしよう……」


 逃げないと。でも足が震えて。腕の感覚がなくて。ドアに手をかけられそうもない。もう躰が、寒くて動かない。緊張の糸が、どうしてか、途切れてしまって。


「た、助けて!」タイガは天井の穴に声を投げた。

「大丈夫かー?」〇七型は上から覗きこんでいる。

「え、助けてくれないの!? 助けてくれないのぉっ!?」


 レットにとどめを刺すのは、誰なのさ?

 タイガの顔がより青ざめていく。


「わりぃ。こっち腕一本飛んだんだわ」


 〇七型は右肩を見せながら言った。

 そして、電波塔の方へ視線を投げる。

 なにかを確認して。

 なにかを確信して。


「心配すんなって」屋根から声を投げる。「レットもさきは短い」


 ——ほら、来たぜ。

 金棒を持った死神だ。


「ちょっとぉ!」タイガは叫ぶ。「このままじゃ凍死か撲殺だよぉ!」

「ころす、こ……、ころさ、せろ」拳を握りしめたレットが迫りくる。

「いやだ、くるな……!」


 がん、

 がん、

 がん、

 がん!

 どこか、壁が何度も殴られている。

 最後に大きな音が鳴り。

 片手に金棒を持ったセリカだ。

 自ら空けた壁の穴から現れた。

 腹から血を流し。

 骨が砕けた左腕は、だらり。

 肋骨が折れているせいか、呼吸が浅い。

 それでも血眼ちまなこは標的を探した。

 冷凍倉庫の隅に逃げているタイガ。

 それを殺そうとしている、レット。

 狙うは一点。

 極寒の中を駆けて。

 凍りかけの人型液体金属に向けて渾身の一振り。


「タイガ……、さまに……、触るな!」


 金棒を食らう瞬間、レットはなにかを叫んでいた。

 しかしその声は、にかき消された。





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