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「ごめんね、なんか……。お邪魔しちゃって……」


 それからすぐに屋上に戻ってきたフィリアが、申し訳なさそうに言った。


「こっちこそ悪かった……」レオナルドは恥ずかしそうに頭を掻きながら、「まさか人が来るなんて、思っても見なかったからさ……」

「変なもの見せてしまって、ごめんね」


 絶望感とともに口を開いたタイガの表情は、ひどいものである。男らしくなって、フィリアにすこしでも近づきたい。そう思った矢先の、これである。


「ううん。いいの」フィリアは爽やかな笑顔で、「せっかく、ふたりきりのプライベート空間だったのに。申し訳ないなぁって、あはは……」


 そう言われると、逆に困るのが男心であり。


「いや、おれたちそういう気はないから。断じて」レオナルドは苦笑いとともに、「さっき服を脱いでたのも鍛錬のためなんだ。ほら、最近タイガよく拐われるだろ? すこしでも躰を鍛えなくちゃって……。な? タイガ」

「う、うん」

「そっかぁ」フィリアは視線を配りながら、「変な誤解しちゃった。男の子ふたり、しかも親友だもんね。そりゃ珍行動ちんこうどうもするよね。楽しそう」


 動物園にいる猿のようなあつかいをされている気が。


「タイガくん、本当に無事でよかった。昨日は、私もタイガくんも学校を休んじゃったし……。あれからのこと、ちゃんと話してなかったなぁ……、と思って。クラスの男子に訊いたんだ」


 なにを訊いたのかというと、お昼休み中にふたりがよく隠れている場所である。


「やっぱりバレちゃってます? 昼休みになると、おれとタイガがここにいるの……」


 レオナルドは気まずそうに、指一本で頬をかりかり。


「知ってる子は知ってる、って感じかな。よくこんな、夏は暑い、それ以外は寒い場所でご飯食べられるねって。他の男子は言っていたから。先生方は知らないみたいだよ」

「知っててもチクる気はないあたり、本当にいいやつらばっかりね……」


 ありがたや、ありがたや、とレオナルドの念仏が聞こえる。


「本来は入ってはいけない場所だからね……」タイガは腰を低くして、「先生方からのおとがめがないのは、いいことではある。あります……。はい……」


 カラスからの襲撃が起こりゆるし、掃除が行き届いているわけでもない。静かで誰もいない、ということ以外この屋上には魅力がないのだ。ここで昼食をとる生徒は、よほどの物好きなのだと。そう思われるのである。


「それでね?」フィリアは本題に入りたい。「週末、空いてる?」


 これは。

 なんだ。

 なんの誘いだ?

 デート?


 しかしフィリアの目線は、タイガとレオナルドを行ったり来たりしている。つまり双方に対して伺っているのだろうか。それとも、どちらかひとりに対して訊いているのだろうか。


「え、あ、それは……」レオナルドは困惑して、「どうゆう?」

「あ、ぼ、ぼくは……」タイガは頬を赤くして、「大丈夫だよ」

「レオナルドくんは?」


 フィリアに問われたレオナルドは悩んだ。ここで自分がOKと言ってしまえば、週末は三人のデートになりかねない。それもいい。きっと楽しい。気が知れた親友と、学校一の美女と、遊べるのだから。


 しかしレオナルドは、タイガの想いに気づいている。彼はフィリアが好きだ。憧れている。それならば……、行き着く答えは……。


「あ、おれ、部活あるし。土日はずっとバスケ部のダチと遊ぶんだわ。わりぃ」


 タイガは思った。

 だめだ、レオ。

 それは嘘だよ。

 僕は知っている。


 土曜午前の部活が終わったら、レオは家でひとり、ゲームをするんだ。月曜日まで画面の前から動かないんだ。それのがなによりの楽しみだと、言っていたじゃないか。バスケ部員とは遊ばないって、そう言っていたじゃないか。


 公私混同すると、試合に影響が出るからって。大会の打ち上げとか、進入部員の歓迎会などのよほど重要なイベントがないかぎり。レオはバスケ部員とは遊ばない……!


 そんなレオだから、僕なんかと仲良くしてくれるんだ。そうじゃなきゃ、レオみたいないいやつは、何人もの友達に囲まれているに決まっているんだ。


 レオはいま、嘘をついてくれている。

 フィリアとふたりきりになれる時間を、作ろうとしてくれている。


「レオ……!」


 タイガは必死の表情で迫った。一緒に行こうよ、どうしてそんな嘘をつくのさ……、と。するとレオナルドはウィンクを返した。それが答えだった。


 ——行ってこいよタイガ。おれのことはいいから。だっておれ、画面の中に彼女いるし。最近新作のギャルゲーが出たんだぜ——


「それじゃ、レオナルドくんは……、ちょっと難しいかな?」

「おれ、ちょっと無理だわ。わりぃ」

「そっかぁ……」


 なぜだ。フィリアの顔が沈んだ。

 予想外。

 まさか……。

 まさか……。

 彼女の本命は……!


「あのね。私の所属している図書委員会の仕事なんだけど……。図書室の本を半数以上入れ替える、って話になったの。大量の古本を買い取ってもらわないといけなくて……。そのうちの何冊かを、買取屋さんまで運ぶのを手伝ってほしいの……」

「本を?」タイガは思慮深く、「それなら、業者とかに頼むのはだめなの? トラックとかで取りにきてもらう、とか」

「ううん。もちろん、ほとんどの本は業者が運んでくれるの。ただ、見積もりのときに、どうしても納得のいかないことあって」


 無数にある本のうち、六〇冊ほどの本である。その六〇冊につけられた買取額に、フィリアはどうしても納得がいかなかったのだ。


「えと、ほら。スタンホープ家は古書を学べって、うるさいでしょ……?」


 それは初耳である。が、男ふたりは黙ってうなずいた。


「自ずと古い本には詳しくなっちゃって……。古き名画とおなじくらいの価値がある本には、自然と反応してしまうの……」

「そんなに値打ちのある本が、この微田舎びいなか学校にあったのか?」


 レオナルドが尋ねると、フィリアは首を縦にこくり。

 その表情はどうにも辛そうに見えてしまう。


「学校に来た業者もね。こんなにボロボロの本は値段がつきませんわぁ、リサイクル価格でどうでしょう。そればっかりなの」


 たしかに、納得のいかない雰囲気が伺える。テキトーな感じだ。


「でも私には、もっと価値のあるものに思えるの。だから、もっとちゃんと鑑定してくれるところに持っていきたい。そう思って、委員会に提案したの。そしたらね……」


 好きにしていいよ、と顧問や生徒に言われたまではいい。だが、誰ひとりとして協力してくれる様子ではなかったのだ。


「こんなところで、スタンホープ家であることが、災いしちゃったみたい……」


 そしてまた、がくりと首を垂れるフィリアである。


「運ぶのも、売るのも、自分でやれと……。名家のお嬢なんだから、どうとでもなるでしょう……、か」


 察したレオナルドが言い当てようとする。


「そうなの。まんま、そんな感じなの。しかも、みんな悪気なく言っているから……」


 これがまた、タチの悪さを助長していた。


「顧問も、図書委員のみんなも意地悪で言っているわけではないの。お金持ちなんだから全然余裕だよ、六〇冊の運搬くらい。執事かなにかがやってくれるでしょ……。みんなそう思っていて。でも私、学校のことはお父さまにも、家の人にも。誰にも頼れないの……」


 それくらいにスタンホープは厳しい家なのだ。ここで、名家ならではの悩みに共感できるのは、タイガである。


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