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わかったそれでいい、と答えてソクラは立ち上がった。凛々しく起立するときは、
「決めたぞ、みなのもの!」
なんだ、なにを言いだすのか。
全員の視線がいやがおうにもソクラに集まる。
「明日、サクラもタイガも学校を休みなさい」
「ええー!」
自身の太ももをぱん、と叩いて、サクラは前のめりになった。
「なんで? 今日なんか具合悪くても学校行ったのに。急になに言い出すのよこのオヤジ。私の
「一限だけ出席をしてから、すぐに帰る。それならどうだ?」ソクラは意志をそのままに、「それなら休んだことにはならないだろう? 担任には、私からも電話しておこう」
「まぁ、それなら、まぁ……。そうだけど……」サクラは若干の不本意を残しつつ、「そこまでして、なにがしたいの?」
ぐわっ、とソクラの片手が持ち上がった。
渾身のガッツポーズ。
肺を大きく膨らませて。
声を溜め、そして——、
「明日、一家全員で山登りをする!」
「よいかみなの
杉の木に囲まれた山道の入り口で、ソクラはガッツポーズをした。
あたりにはまだアスファルトがあり、小さな販売店が二軒ほど並んでいる。大きな地図看板を右手に、木製の階段を登ってゆくと、山頂へとつづく山道がはじまる。ソクラに軽く会釈をした見知らぬご夫婦が、山道に入っていった。
「お気をつけて!」ソクラはそのご夫婦に手を振った。そして視線を戻し、「登山家の生命線は水だ。その重さに耐えられるか、否か。それが山登りを左右すると言っても過言でない」
「あのご夫婦……」セリカがぽつりと言った。
「どうしたの?」隣に立つアイリーシャが反応する。
「いえ、なんでもないです」
マーカスはデンジャラスクリアに用事があるため、登山は欠席。クルーゲンは腰が痛いとのことで、お留守番をしている。
「はーい、隊長」サクラがだるそうに挙手した。かわいらしく、ピンク色の登山服に身を包んでいる。「なんでひとり三リットルも水を持っていかないといけないんですか。帰ってもいいですか。なんでマーカスは
もはやサクラに山を登る気はない。
「サクラ。ここよりさきは約一一キロの山道。自販機などない。足腰を存分に使う有酸素運動を、過酷な環境で行うのだ。いまは実感できないかもしれないが、考えてもみるんだ」
ひとり白熱するソクラである。彼がなにを言わんとしているか、セリカは少々の計算をして、それを把握しようとした。
「なるほど……」緑色の登山服を着たセリカは、顎に手を当てて、「登りで一・五リットル。下りで一・五リットル。それだけの給水が必要と考える……。そういうことでしょうか?」
「セリカ隊員、ごうかーっく!」やたらとハイテンションのソクラだ。「ただのウォーキングとも違う。ただの坂道とも違う。登れば登るほどに、酸素は薄くなる。気温も下がってゆく。それなのに汗が
隊員の中で、いちばんに運動が苦手なのはドリシラである。
「ソクラさま……」普段の
苦手なことに直面したとき、人間はどうしても逃げ腰になってしまうものだ。
「不安だからこそ。登るのだよ、ドリシラ」
そう言ってソクラは、ドリシラに歩み寄った。彼女の両肩をがしりと掴んで、その瞳をまっすぐに見つめる。きゃっ、と女性らしい声が漏れて聞こえた。
「ドリシラさん、あんな声出るんだね」無表情のサクラが言った。
「しっ……!」横にいるアイリーシャが遮る。「聞こえちゃいますよ……」
「よいか、ドリシラ」ソクラは男らしく、「おまえはまだ山頂を知らないのだ。ここよりさき、数々の苦難に立ち向かい、乗り越える。
内臓脂肪まで……っ! なにかの希望を感じとったドリシラの顔が、みるみる晴れてゆく。
「共に行かないか、ドリシラ」ソクラは両手に力をこめて、「この世の頂に。
「たった、九〇〇メートルかそこらの標高で大袈裟なのよ」サクラの冷静なツッコミが入る。「まぁダイエットには最適でしょうね」
しっ……! と今度はセリカが遮った。
「はい、隊長」
次に挙手したのはタイガだ。
「なんだね、タイガ隊員」ソクラは定位置に戻った。「なんでも言ってくれたまえ。登りはじめてからでは、どうにもならない。不安なことは、いまのうちに質問しなさい」
「えっと。質問なんですけど。僕は昨日、悪党に拐われていて。おとといも悪党に拐われていて。そして今日は、学校を休んで山登りをすることになっているんですけども。それについては、父親として、どのようにお考えですか」
目を点にしたまま、ひどく淡白な口調でタイガは質問をした。対するソクラはぴたりと固まった。まるでビデオの静止画である。そのまま五秒ほどの
「うむ」ソクラはあっけらかんと。「他に質問は」
「無視してんじゃねぇよ!」タイガは怒った。
「いやー、登る前は嫌で仕方なかったけど。登ってみると案外、楽しいもんだね」
一列の最後尾を歩くタイガが、前方を歩くセリカの背中に言った。なんだかんだと不満が尽きない山登りであったが、いざ躰を動かして、山の澄んだ空気と風の心地よさを感じると、楽しさを実感できるものである。
「そうですね」セリカは一定のリズムで坂道を登りながら、「日常から解放されている、というか。大自然以外になにもない場所。そこに身を置いているだけでも、十分に癒されますね」
拐われていたタイガの心身が疲弊しているのは、もちろんである。が、そんな彼を助けたセリカとて、相当な疲労を抱えているはず。しかも、二日連続でアンドロイドとやりあっている。
「セリカ……」タイガは心配そうな顔で、「むしろ、僕より疲れているんじゃない?」
「いえ。一晩寝れば全快する躰ですから。なんともありませんよ」
そう言ってセリカは微笑んだ。視線のさきには、
「セリカさん」アイリーシャが不安そうな声を出した。「どうしよう、前がよく見えないの。列の
彼女の前を歩いているのは、ドリシラだ。その豊満なおしりが、アイリーシャの視界をほぼ占領している。しかしドリシラを最後尾にするのは危うい。気づかないうちに遅れてしまい、列から外れかねないのだ。
複数人での登山において、バラバラになることは絶対にあってはならない。常に一列。一定の距離を保つこと。それが基本である。
「それは……」セリカは困った。「えと、ドリシラさん?」
「ひゃい?」ドリシラの声が裏返った。「なぁに?」
「あの、すこしおしりを狭くしてもらえませんか?」
なにを言っているの? と思ったのはドリシラだけではない。
「え、それは、どうしたらいいの?」
困っている。ドリシラは非常に困惑している。歩くたびに噴き出す汗が、インナーをびしょびしょに濡らしている。その違和感も相まってか、思考がまとまらない。歩くだけで精一杯。そんな様子だ。
「そんなの無理だよ、セリカさん」アイリーシャは諦めたような口調で、「おしりの幅が変わるとしても、山を降りたあとの話だよ。ただ、道がよく見えなくて。ちょっと不安になっただけだよ。慣れてしまえば大丈夫」
「そう? 本当に?」セリカは、ぬかるんだ土に足を取られながら、「もし順番を変わりたかったら、言ってくださいね?」
「うん。ありがとう」アイリーシャは一度振り向いて、「あ、そこ危なかった。土がぬかるんでいるから。タイガさまも気をつけて歩いて?」
「う、うん」言われたとおりに気をつけながら、タイガは確実に進む。「おっと……。本当に足、取られるね……」
一方のドリシラはというと。
いまだに、おしりを狭くする方法を思案していた。
「きゅっ……、と引き締まったおしり……。おしり、おしり……。狭くする……」
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