episode3:山登り
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金棒の一撃によりアインの頭は潰れた。顔の右半分が
「タイガさま!」
「おケガはありませんか」
「んー!」タイガは涙目だ。
「いま、お口のガムテープを剥がしますからね」
びり、と音がして、タイガは口まわりに激痛を覚えた。
「っ……! はぁ」そして深く呼吸をして、「セリカ、来てくれてありがとう」
「当然です」セリカはつづいて、タイガの手を拘束している縄を解こうとする。額に汗を光らせながら、「少々、暴れすぎましたけど」
しかしタイガの表情は安心しきれていない。セリカのすぐ後ろには、腹から白い血を流したアンドロイド——〇七型がまだ稼働しているのだ。
「ねぇセリカ」タイガは不安そうな声で、「そこのアンドロイド、まだ動いているよ」
「わかっています、大丈夫ですから」セリカは縄を解き終えた。「動けますか? タイガさま」
うん……、と頼りない声で言って、タイガは立ち上がった。ストレスが相当に蓄積されていたのだろう。両足で立った瞬間にフラリと立ちくらみを覚えた。
しかしセリカの声と雰囲気のおかげで、緊張感がいくらか
「ゆっくりでいいですから」セリカはタイガの肩を支えて、「迎えがもうすぐ来ます。歩けますか?」
大丈夫だよ、とタイガは自分の足で歩くことを伝えた。セリカは金棒のそばに戻った。刺だらけのそれにやさしく手を触れる。すると金棒はみるみる縮んでいった。最後にはペンダントに変化して、金色のチェーンは再び
「おい、メイド……」力尽きたのか、女の子座りでうずくまる〇七型。彼はセリカの背中に向かって、「どうして手を抜いた」
「手を抜いた。なんのことでしょう?」
首にかけたペンダントの位置を整えながら、セリカが反応する。その視線は〇七型を見ていない。話す気はあるが、相手にしていない。できれば無視したい。そんな様子だ。
「他のアンドロイドのことだ。あんたの技量をもってすれば、なにも腕や足を狙わなくても、もっと派手にぶっ潰すことができたはずだ。そんな大振りの金棒で、相手の
すぐに答えることをせず、セリカはタイガのもとへ歩いた。冷えた手を握って、去る方向へと足を向ける。
「答えない……、か」
「わたくしが叩きたいと思ったのは、そこにいる金髪だけです」
〇七型に背を向けながら、セリカが言った。タイガはおどおどと怯えている。
「アンドロイドはどれも敵……。人間の考えはそうだろう?」
「たしかにそうです。わたくしなんかは、とくにそうでしょうね」
「どういう意味だ」〇七型は片手で腹をおさえながら、どうにか立ち上がる。「よほどの
「私怨だなんて。そんな優しいもので済むのでしょうか」
〇七型は沈黙した。タイガも、初耳だよと言いたげな顔をしている。セリカの過去になにがあったのか。これはいつか聞いておかなくてはいけない。そう思った。
「セリカ……」タイガは手を強く握った。「もし過去になにかあったのなら話してくれ。すぐじゃなくてもいい。おまえの辛さは、僕の辛さだ」
その握力、声色、優しさ。どれもこれもソクラそのものだった。セリカは驚いた顔をして、タイガを見つめ返した。心がぎゅっとなった。こんなに
なにか、酸っぱい香りがする。
初恋?
いや、違う。
これは……。
アンモニア臭だ。
「タイガさま」セリカはタイガの股間に目をやった。「やってしまったのですね……。おかわいそうに……」
「ああ」タイガは開き直った顔で、「すっきりしている。とても開放的な気分だ」
拐われたことによる過剰な緊張状態から開放され、なにかの栓が抜けてしまったのだろう。そしていま、タイガの精神は崩壊寸前にある。
二日連続での誘拐を経験したのだ。ある程度は仕方がない。しかしその甲斐あってか、いまの彼は非常に凛々しく、男前である。精神が良い方向に壊れたのだろう。
「おうちに帰ったら、すぐに着替えましょうね……」
「ああ」タイガは凛とした顔で、「イチゴ柄のパンツはやめておこう。今日はパインの気分だ。セリカ、用意してくれるか?」
「もちろんです……。パインでもメロンでもなんでも用意します」
セリカは半ば呆れながら、今度こそ立ち去ろうとする。
すると〇七型が動きだした。なにを思ったか、
「偽の信号でアインを騙すために、
「あれは一体……」
タイガはフェンスのそばに走り、建屋一階を見下ろした。その手に引かれるようにセリカもつづく。
「ねえ、あなた!」セリカが声を投げる。「もうすぐ警察なりがここへ来ます、捕まって破棄されますよ!?」
セリカも、タイガも、薄々感じていた。このアンドロイドはアインに従うしかなかった。ただ単にそれだけであり、決して悪い個体ではないのだろう、と。
「みんなの生きた証をさ。バックアップしておく。おれのストレージに」
アンドロイドは耳の後ろ——東洋医学においての完骨というツボがある部分——にしこりがある。普段は人工皮膚の中に隠れていて視認はできないが、そのしこりは重要なボタンである。
そこ強く押すと
〇七型は、それぞれの個体の首にケーブルを挿しては抜いて、挿しては抜いて……。繰り返している。
「あんたたちは知らないだろう」バックアップ作業をつづけながら、〇七型は声を投げる。「アンドロイドだって、悪いやつばかりじゃない。社会から追放され、
とかく衝撃を受ける言葉であった。
「それでも……」セリカは口を濁しながら、「あなたがそのバックアップを使って、なにをするのか。こちらには理解しかねます」
「残しておくんだ。時代の変化が訪れるまで。彼らに日の目があたる、その日まで」
時代の変化——。どうも〇七型の思考が読めない。むしろその言動に人間である自分たちの方が圧倒されている。そんな気さえする。
「時代の変化って……」タイガが言いかけたとき、遠くからサイレンの音が聞こえた。警察のそれだ。「それはどうゆう?」
回路ショートで即死した一体を除く、瀕死のアンドロイド二九体。それら全ての
ストレージがぎりぎりまで圧迫されたこと。
腹から白い血液が流れつづけていること。
それらが体調不良の原因であろう。
「が、ががっ、あぎ、あぐあ……」
処理しきれていないような、不安定な音声を〇七型は喉から鳴らし。それでもどうにかその場に立っている。
「ひ、つつ、ひと、と、アン、ドロり、ドロイどノキョウゾン……」
人間らしさなど見る影もないような、声。ただの音。ノイズだらけの機械音声。それでも、必死に訴えかけるなにかがあった。サイレンの音が迫り、〇七型は建屋の奥へ消えた。ばりん、と遠くでガラスの割れる音がした。窓から逃げたのだろう。
「人とアンドロイドの共存?」
「セリカ……」タイガは
「はい……。言いたいことはわかります」
「本当の悪はどこにいる?」
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