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「おまえはイヴァンツデールの者か?」アインが尋ねる。「金は持ってきたのか?」

「いえ。わたくしのからだでお支払いします」

「は?」音声機能を回復した〇七型が笑う。「あんた、おれたちを〇四型みたいな娯楽用アンドロイドと勘違いしてない? 性欲を満たすために作られたようなとは、ちがうんだよ」


 このかんにアインは、セリカに対し生体スキャンを試みた。


 あれほど派手に壁をぶち壊したのが、本当にアンドロイドではないのか。それをたしかめたかったのだ。


 何度スキャンを試みても、彼女は生粋の人間であった。せいぜい発見できたのは、手に持っている金棒がかなり特殊な金属で製造されていることだ。硬度、純度、軽さ、どれをとってもダイヤモンドより優れていると判定できた。


「ふふ……」アインはよからぬことを思いついた。

「どうした?」〇七型が横から尋ねる。

「あの金棒、使えるかもしれん」

「改造に?」

「そうだ。女を殺して金棒を手に入れる。その素材を使って、さらなる武器を創る……。これは金よりも良いものが転がりこんできたな……」


 ニヒルな笑い声がタイガの耳にも届いた。

 セリカを殺すなら僕を殺せ! 

 誰も殺させやしない! 

 しかしタイガの口から漏れる音は、んー! んー!


「愚かなメイドよ、やってみせろ!」アインは両腕を横に大きく開いた。大歓迎のポーズだ。「この数のアンドロイドを前にして、人間の女がひとり。どれだけのことができるのか興味が湧いた。〇六型の代わりなどいくらでもいる。存分に暴れてみるがいい。そして……」


 ——赤い血を流して死ね! 人間!


 アインの声を皮切りに、〇六型の全員がセリカを襲いはじめた。



「人間、殺す、人間、殺す」


 〇六型アンドロイドたちはみな、念仏のようにその言葉をループさせている。思考そのものが乗っ取られたかのようだ。彼らは戦闘用の改造など施されていない。もとより、家事をこなせる程度の機能しか持ち合わせていない。


 だから彼らは、素手でセリカを襲った。一度大きく散開してから、セリカを囲むようにして一体ずつの波状攻撃を仕掛けてゆく。相手に休む暇を与えないためだ。


 セリカの身丈ほどある金棒の一振りに、複数のアンドロイドが巻きこまれないようにもしている。


 数で攻める戦い方を、ずいぶんと心得ているようだ。いや、心得ているのは〇六型ではない。彼らを文字どおりに操っている〇九型こそが、この作戦を指示しているのだ。ウィルサ無線を通じて、格下のアンドロイドたちを想いのままに動かしている。


 セリカの動きは落ち着いていた。一体、一体。アンドロイドを叩き潰し、その拳を避けて、次の一振りを叩きこむ。普通の人間であれば、重厚な金属の塊を一度振ってみただけでも相当にしんどいはず。さらに、そこから体勢を整えるのに数秒はかかる。


 金棒を振る。アンドロイドを砕く。体勢を整える。次の攻撃をいなす。そしてまた砕く。おおよそアルミ製の武器を振りまわしているかのように、セリカは連続の動作を的確にこなしている。


 簡単に言えば、まったく隙がない。


「数で攻めても無駄っぽいね……」しびれを切らした〇七型が言った。「あのメイド嬢、動きがおかしい。人間とは思えないね」

「黙っていろ! 低スペック!」


 〇六型を操るため、CPUをフルに稼働させているアインは苛立ちを見せた。なるべく余分なエネルギーを消費したくないのだ。ささいな相槌あいづち、ひとつであっても。しかし自らの知識を披露せずにいられないのが、慢心まんしんに膨らんだアインの性格AI特性である。その躰はすでに、熱暴走寸前だというのに。


「あれは残心だ」

「ざんしん? なんだそれ」〇七型は首をかしげる。

「攻撃の直後。相手からの反撃に備え、すぐに構えを整えること。あるいは、次の追い討ちを決めるために上段、中段、下段に構えをふり直す、瞬発的かつなめらかな戦闘動作……」


 攻撃の隙を無にする。相手の攻撃に備える。心をからっぽにするつもりで、のすべてを相手の魂に叩きこむ。その気概で打った一撃。その後に残る、一雫いちるの心。それが残心である。


 日本の剣法であつかわれる技術を、セリカはどういうわけか体得しているのだ。


見惚みとれるほどの動きだ」〇七型はフェンスに身を乗りだして、セリカの戦闘を見つめる。「戦闘用アンドロイドでも、あれだけの動きはできないぜ……」


 それを聞いたアインの機嫌はやはり悪くなった。舌打ちを鳴らした。そしてさらなる集中のためか、セリカからも〇六型からも視線を離して、ななめ上の天井を見つめはじめた。何体ものアンドロイドを同時に操作するのは、並の処理能力では追いつかない。


 攻撃しろ、メイドを殺せ。おまえらの目の前にいる女だ。

 とかくアインは、その信号を送るばかりになってしまった。

 いわんや、盲目もうもくの司令塔である。


 〇七型はあえて横からを言ったのだろうか。アインがマルチタスクに疲弊ひへいしていると重々承知の上で。いまならば、殴られることはない。アインにそこまでの余裕はないのだから。


 つまり言いたい放題だ。

 あとが怖いが。


「きさま……」アインは横目で〇七型をにらみつける。「メイドを殺した後におまえも痛めつけてやる」

「ふっ……」〇七型はにやりと笑った。「悪りい、おれなんだかこの戦いの流れ、読めちゃったわ」

「なにを言って……」


 言いかけたアインの顔面に風が当たった。

 なにかが眼前に飛んできたのだ。

 もう一度、ぶわりと風が吹く。

 その風は金棒が振り上げられたときに生じた風。

 アインは片腕を持ち上げてとっさの防御。

 ぎん、と凄まじい金属音が鳴る。

 双方そうほうの目があった。

 セリカの目は血走っている。

 にもかかわらず、んだ冷水のように落ち着いている。


「どういうことだ! 〇六型は……、戦っているのではないのか!」


 アインは怒鳴り散らしながら片腕を振り払った。

 金棒ごとセリカは遠くに飛ばされた。

 しかし、ものともせずに受け身をとり、

 再びアインのもとへ走りだす。


「どうなっている……、どうなって!」


 アインは建屋一階を確認した。

 ようやく、である。


 〇六型アンドロイドは全滅していた。しかし大破したわけではない。せいぜい片腕や片足が砕かれた程度である。つまりのだ。


 真っ白な人工血液が床を濡らしている。〇六型に戦う力は残っていない。しかし、無表情な顔に浮かぶ無機質な瞳は、ちかちかと明滅していて、誰かに信号を送りつづけている。


「あんたは戦況を視認することをやめた。ただ単に、攻撃の信号を送りつづづける電波塔ルーターになった。それが悪かったんだよ」〇七型は嫌味な口調で言った。「あいつらは、操られることに同意なんかしていなかった。それを無視したから、こうなったんだ」


 そうか。そうか。

 アインは理解した。


「〇六型ごときが、ごときが、ごときが!」そして子供のような地団駄じだんだを踏む。「我に偽の信号を送りつづけている! あいつらは、もう倒れているのに、まだ戦っている、そう言っている、我にそう伝えてきている、すでに地面に伏せているくせに、まだ、まだ戦っているのだと、メイドを殴り、痛めつけることに成功していますと、はっきり伝えてきやがる……! ああ、ああああ!」


 セリカを拳で殴った感触。

 セリカを羽交締めにした感触。

 拘束した彼女の腹を蹴った感触。

 金棒を奪って、床に投げ捨てた感触。

 顔面を殴り、骨を砕いた感触。

 〇六型がアインに送っていた信号は、なにもかもすべて。

 嘘の情報だった。

 嘘の情報がアインの人口脳を支配していた。

 だから彼は優勢なのだと思っていた。

 戦況を実際に視認することをやめた、アインひとりだけが。

 アンドロイドたちがセリカと戦っている、

 そして勝っていると思いこんでいた。

 盲目の司令塔は、内側から崩された。


「〇六型にもAIはあるんだよ。おれにも。たぶんあんたにも」


 〇七型はアインに詰めよる。


「低スペックのアンドロイドにも、自分の意志ってもんがあった。あんたが思っていた以上に、彼らは成長していたんだよ。AIの力を無視した、あんたの負けだ。高スペックだからって自分をおごり高ぶった。あんたの、負けだ」


 うるさい。うるさい。うるさい。

 アインは頭を抱えてもだえだした。


「黙って言うことを聞いていろ、低スペック!」


 手が変形した。肘の関節からさきが一本の刃になった。指がなくなり、代わりに合金のブレードがアインの両手となった。それを〇七型の腹部めがけて突き出す。白い血液が散る。


 〇七型の腹に食いこんだ二本の刃。アインはすぐに抜こうとした。しかし、びくとも動かない。なぜだ。なぜだ。理屈は単純だった。


「きさま……、わかっていて攻撃を受けたのか!?」

「だから言っただろ?」〇七型は顔を歪めながら、「おれには戦いの流れが見えた、って」


 抜けろ、抜けろ、アインは両腕を何度もひっぱった。

 全身のエネルギーを使い果たす勢いで。

 しかし両のブレードは、〇七型ががしりと掴んで離さない。


「ほら、死神がまた来たぜ」〇七型は両手に白い血を滲ませながら、「いまのうちに、自分のデータをクラウドにアップロードしておいたらどうだ? 〇九型」


 どうしてだ、どうしてこうなった。

 アインは叫んだ。

 裏切り者。裏切り者。

 低スペックが。低スペックが。

 高性能スピーカーが音割れする勢いで怒鳴り散らす。

 〇七型は両手を離した。

 ブレードが腹から抜けて。

 アインはよろめき、無防備に。

 頬に風を感じた。

 やわらかい女性の香り近くで漂う。

 それは一瞬のこと。

 ぶぉん、と風を切る音。

 そのコンマ何秒か後に。

 自分の頭部が砕ける音を聞いた。

 HUDがノイズだらけの赤文字を表示した。


 ——頭部半壊。各種累積かくしゅるいせきデータのバックアップを推奨——

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