第31話陽キャはとにかく図々しい
「――以上が、私の考えた作戦だよ」
大きな胸をさらに張って、小幡はその作戦と呼べるのかさえ微妙ななにかについての説明を終えた。
「......あの、小幡さん?」
「どしたの?」
「ほんとに、それだけ?」
出来ることならここで首を横に振ってほしかったのだが、返ってきたのは大きなうなずきだった。
「もちろん。いろいろこねくり回して小賢しいことしようとしても、どうせ失敗するだけなんだからさ、それならもういっそ正面から当たって、砕けようよ」
......あ、もう砕けるの確定なんだ。
「大丈夫大丈夫! 一応私にも秘策があるからね、いざとなったら突撃するつもりだよ! あ、でもその時は巻き込まれても知らないから」
「それむしろ不安でしかないんだけど?」
作戦失敗したうえにフレンドリーファイアとかどんないじめかな?
割と真剣に拒絶したはずなのに小幡はなぜかニコニコ笑ってやがる。
もしかしたら俺が一番警戒すべきはこいつなのかもしれない。
「ほら、しゃきっとして! もう決まったことなんだし、今更うじうじ言っても仕方ないよ!」
「いや俺まだやるとか言ってないんだけど」
「じゃあなに? ほかの案でもあるの?」
「......それは」
どうしてあれを一つの案としてカウントできんだよちくしょうめ。図々しすぎんだろ。
でもあのレベルの作戦でさえ思いつかない俺って......。
せっかく小幡に叩かれて伸びた背筋がまたもやシュンと猫背になる。
「とりあえずやってみて、ダメだったら逃げよう。ヒットアンドウェイだよ」
「この作戦でそれすると後々まずいことになりそうなんだけど......」
俺がジト目を向けてやると、小幡はそれから逃れるようにふいっと視線を明後日の方向にそらし、手だけ俺のほうに伸ばして親指を立てた。
「ま、まあ! そこはいいとして! とにかく頼んだよ、佐伯!」
こいつ勢いでごまかしやがった。
......しかし実際、小幡のやり方が一番の近道なのはまちがいない。
もちろんスマートなやり方じゃないし失敗のリスクも大きい、それどころかなんなら半分以上は失敗はするのに加え成功しても何か利益があるわけでもなくマイナスがなくなるだけ......。
いいとこねぇ......。
「......なあ小幡」
「あ」
「ん? ――あ、小幡さん」
「なんで言い直すかな......。もうめんどくさくない?」
「ぜんぜん」
「佐伯がそう言うなら、まあ好きなだけ呼んでくれたらいいけどさ......」
まったく良さそうじゃない小幡の『なんだかなあ』というつぶやきをスルーしつつ俺は本題を切り出す。
「で、さっき言った作戦なんだけど。小幡さんが代わりに――」
「――やらない」
「えぇ、即答なんだ......」
まさに牝馬の切れ味鋭い返しだった。これには武もにっこり。
まあ、さておくとして。
作戦の内容的には俺と小幡のどちらがやっても大丈夫そう、というか小幡のほうが適任なのではないかと思ったのだが、ここまで即答されるとちょっと揺らいだ。
しかしここでおめおめ引き下がる俺じゃない。キッと目に力を込めて小幡にはっきりと反抗の意思を見せる。
すると小幡は『当然でしょ』前置きしてから口を切った。
「私が代わりにやったら優馬、変に意地張っちゃいそうだし」
「それでいくと俺のほうが意地張られるんじゃないか?」
「まあ、どっちが行っても結局そうなるとは思うんだけどさ......」
否定できないのが何とも悔しいが、ここは頷いておくことにした。
もうこの時点で割と詰んでんだけどね。いまそれは見ないふりしておこう。
「私が誤解とこうとすると、なんか感じ悪くない?」
「感じ悪い?」
「だって私、一回誘い断ってるわけだし......」
「............あ~」
たしかに小幡が代わりに誤解を解くとなると「誘いを断られたことをウジウジ気にしてる木村君の誤解を解いてあげる」という印象が強くなる。
そんなこと、あのマウントが趣味みたいな木村のプライドが許すはずがない。
「それに普通に怖いし......。佐伯は、もし私が逆ギレされたら助けられる自信ある?」
「......ないです」
俺の返事に小幡はさらりと『だよね』とこぼす。
ちょっと? 俺も男の子だから当たり前のように弱いやつ認定されると普通に悲しいんですけど?
小幡はさっきまでの自信にあふれた様子から一転、シュンと小さくなって上目づかいで見つめてくる。
......そんなことされるとまあ、男としてここは引かざるを得ないわけで。
「......わかった。じゃあ俺がやるよ」
もちろんまだ納得したわけじゃない。
たとえ俺がやったとしても、単純に嫉妬されている相手から誤解を解くように言われているだけなので逆ギレの可能性は十分高い。
だが、俺も一応は男である。暴力に対する抵抗は小幡よりかはあるはずだ。多分。
俺の返事を聞き届けると小幡はパッと表情を華やがせた。
「じゃあ、よろしくお願いするね!」
でもまあ、一発二発殴られるくらいでこの笑顔を守れるならむしろ大勝まであるか。
おぉ......。なんかめっちゃカッコいいこと言ったな俺。
「――あーあ、もう話すことなくなっちゃったね」
「そうだな」
「佐伯と仲直りしたし、嫌な役回りも押し付けたし、今日は大満足だよ」
「ちょっと? いま押し付けたって言ったよね? 絶対言ったよね?」
「――そうだ、まだ風強いしゲームやろうよ。前の続きから」
ウキウキした様子で立ち上がった小幡に手を伸ばした手は、惜しくも空を切る。
まさかのフルシカトに呆然としている俺を放っておいて、小幡は勝手知ったるようにカチャカチャとゲームをセットし始めた。
......マジですかこの人。
「ほら、佐伯は2Pねっ」
と言いつつも差し出されたコントローラーを受け取ってしまう俺。
こういうところがよくないなと知りつつも、まあ、ゲームに罪はないですからね。ええ。
......ゲームやるだけゲームやるだけ。
「――なんかこういうの久々だね」
なるたけ音を立てないように小幡の横に移動すると、不意にそんな声が飛んできた。
「......まあ、そもそも俺が部屋に入れなかったからな」
「そういう意味じゃなくって! 普通に普通に、懐かしい感じするよねって!」
慌てる小幡を見て少しいたずらしすぎたなと反省した。
でもまあこんな焦ってるこいつも珍しいし、今後もちょくちょくこのネタでいじってやることにしよう。全然反省してないな俺。
「懐かしい、か」
「うん、懐かしくない? あ、回復持ってる?」
画面では小幡の操作するキャラクターが俺のキャラの目の前で飛び跳ねていた。
初めの頃からまったく変わらない図々しさに、思わず頬が緩む。
「ちょっと、笑ってないで早くちょーだいよ。次ラスボスなんでしょ?」
「わかってるって、ほら」
適当な本数の回復瓶を地面に落としてやると目にもとまらぬ速さでソイツが消えた。
伊達に何度も拾ってないということらしい。
それから少しお互いに装備を見直して、あと久々なので今のうちに操作を確認。
そしてすべての準備が整ったところでとなりへ視線を向ければ、ちょうど同時に顔を上げた小幡とばっちり目が合う。
「気が合うね」
「小幡もな」
「あ」
「......もうこれでいいわ。めんどくせーし」
そう言うと小幡はククッと押し殺すように笑って、しかしそれ以上何か言ってくることはしない。
......俺としては何か言ってくれたほうが気が楽だったんだけどな。
「――じゃ、いこっか」
そう言って俺たちは、最後の戦いに臨むのだった。
ゲームのだけどね。
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