第10話陰キャの決意は一晩もたない
翌日、土曜日。
中途半端に閉めたカーテンからこぼれた朝日が顔を打ち、仕方なく体を起こした。
昨晩は結局あのまま午前三時ごろまでオンライン対戦ゲームにふけり、そのまま床で寝落ちしたので全身が痛い。
「......まだ十時か」
近くに放り出してあった携帯を手繰り寄せて時間を確認する。
煌々と光るテレビ画面には昨晩寝落ちする直前にプレイしていたゲーム画面が映し出されている。
寝ぼけ眼でコントローラーを操作しゲームを終了。テレビの電源を切った。
「......」
今日はバイトもないし、買い物も別に明日でいいだろう。
そうなると当然、つぎにやることは見えてくる。
「......よし」
のろのろ敷布団を用意して二度寝の体勢を整える。
最後にカーテンをしっかり閉じていざ寝ようとした、その時だった。
『――ピンポーン』
静かなアパートの一室に電子音が響き渡る。
「......」
何となくだれか予想しつつゆっくり玄関まで行き、恐る恐るのぞき穴を覗いて、俺は思わず息を吐いた。
そうしてカギを解除して少しだけドアを開ける。
「あ、おはよう」
「......」
「もしかしてチャイムで起こしちゃった? それならごめ――」
「――帰れ」
ばたんとドアを閉じカギを閉めなおす。
振り返って布団に戻ろうとすると後ろから不満げ声とともにしつこくインターホンが鳴らされる。
......なんで昨日の今日で来れるんだよ。
そろそろご近所迷惑なので俺は仕方なくドアを開けた。
「っと、開けるなら言ってよね」
ムッと目を細めたその女子は、昨日俺が追い出したはずのやつだった。
巨大な胸に小さくてきれいな顔を兼ね備えた、まるで男の理想を全乗せしたかのような存在。
しかしその実態はというと図々しいうえに強引な、ただの自己中の迷惑野郎だ。
名前は小幡三枝。
俺は寝起きながらも精一杯眼に力を入れ、昨日のことをもう忘れたのかけろりとしている小幡をぎろりとにらんでやる。
「いやだね。ていうか、インターホン連打すんのやめろ。近所迷惑になるから」
「佐伯がドア閉めるからでしょ」
「......それは、まあ」
俺が返答に窮すると、即座に小幡が詰め寄ってきた。
「でしょ?」
「で、でも! インターホン連打はしちゃダメだろ」
「だから、それは佐伯がドア閉めるからじゃん」
「ぐうっ......」
ここまでまっすぐ言い返されると、こっちがおかしいのかな? とか思えてきた。
あまりの勢いに俺がたじろいでいると、そのすきをついて小幡の足がドアの隙間に突っ込まれる。
「......足、邪魔なんだけど」
「中入れて」
「いやだって言ったらどうするよ」
「入れてくれるまでインターホン連打する」
嘘だろ?
「ほら、どうするの?」
「......っ」
やり方がいちいち卑怯だ。
しかしその効果は絶大で、特に近所に迷惑をかけるのだけは避けたい。
ただでさえ大学生一人暮らしということもあって目をつけられているのに、ここでさらに上乗せするようなことがあってはご近所で悪口大会待ったなしだろう。
もう大学で陰口大会とかは言わないでほしい。
「どうするの?」
小幡がさらに一歩詰め寄ってくる。
大きく育った二つのメロンがその動きに伴ってプルンと揺れる。
「......わかった」
「うん、よろしい」
なーにがよろしいだ。タイミングを見てすぐにでも帰らせてやる。
部屋に入ると小幡は昨日と同じようにまっすぐテレビのわきに置いてある棚から昨日のゲームを取り出した。
「はい」
「......いや、はいじゃないけどね」
「じゃあ、よろしく」
言い方の問題じゃないんだよなあ......。
しかし小幡は俺にゲームソフトを渡すと、上着を脱いでバッグと一緒に部屋の端へまとめ、すぐさまコントローラーを構える。
無駄にスムーズな動きだ。ていうか、いつの間にコントローラーの位置把握してたんだよ。
「なにしてんの? はやく準備してよ」
なにしてんのはこっちのセリフだ。
大体、昨日のでもう懲りたんじゃなかったのか?
結構しょぼくれた顔して部屋を出て行ったし、個人的には、また木村に俺のいじり要素を足してしまったと後悔したりもした。
もしかしたら今日はただの嫌がらせに来たのかもしれないが......いや、この様子からするとそれはないか。
「は・や・く」
「......はいはい」
まあさっさと帰ってもらうにしてもここはゲームをやらせておくのが一番の近道だろう。
それに、ここで強引に帰そうものなら週明けの跳ね返りがちょっと怖い。
まだまだうるさい小幡を「近所迷惑だから」と黙らせて、てきぱきゲームの設定をすます。
「ほら、後は勝手にやれ」
「え?」
「え? じゃないから」
小幡を無視して横を通り過ぎそのまま敷布団に向かおうとすると、ガシリと足首がつかまれた。
一瞬転びそうになり、ギリギリのところで踏ん張る。
そして小幡の顔をにらんでやると、きょとんとした顔で俺のことを見つめていた。
「佐伯はやらないの?」
「やらねーよ、つか手ぇ離せ」
「ほんとにやらないの?」
「やらない」
しつこいなコイツ。もう一度ギンとにらんでやるが全く効果がない。
それから十秒程度均衡は続いたが手を離す気配がないので、仕方なく強引に進もうとすると、足をつかむ手の力がぎゅっと強くなった。
「――ほんとに、しない?」
「......っ」
まるでなにもわかっていないような、純粋な瞳で見上げられ思わず言葉に詰まる。
......。
「......一時間だけ」
小幡はそれだけ聞くと満足したのか、パッと脚をつかんでいた手を離した。
笑えるくらい決意が弱い、俺だった。
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