お供え物
「あ、明ー!」
後日、山に行くとすぐに花子に声をかけられた。
よく見ると、うるうると目に涙をためている。
「なんだ、心配してくれてたのか?」
今回の怪異は、結構本気で警告してくれたもんな。
俺のことをそんなに思っていたなんて。
嬉し、恥ずかしだな。
「そ、そんなわけ……!」
顔を背け、否定される。
しかし、顔は赤くなっているのを見逃さない。
「ありがとな」
俺が頭をなでてやろうと手を差し出そうとしたら、花子が俺の持っているものを指さした。
「明、それはなんなのじゃ?」
「あぁ、これか?」
俺は手に小さな花束を抱えている。
朝早く、近所の花屋さんで買ったんだ。
「あいつに、捧げようと思って」
「あいつ……。それって、明を乗っ取った……」
「そう。でも悪い奴じゃなかったぜ、あいつ」
悲しい事件があったこともわかったし。
少しでも平穏に暮らせるようにと祈りを込めて、花を置こうかなと考えたんだ。
「花子も付いてくるか?」
「ど、どこになのじゃ?」
そうか、知らないのか。
「あいつが昔住んでいた場所だよ」
―――――――――
道から外れて、木々をかき分けた先にそれはあった。
あいつの記憶で見た洞窟に。
何度か見たし、一時的に記憶を共有していたからか迷わずたどり着けた。
どこか懐かしい感じさえも覚える。
「せっかくだし、奥まで行くか」
俺は一歩踏み入れた。
しかし、花子は動かなかった。
「く、暗いのじゃ」
なんだ、怖がってるのか?
花子がいつもいる石の中もこんな風に真っ暗だろ。
「仕方ないなー」
「あ、明!?」
俺は空いているもう片方の手で花子の手を取る。
今考えると、これはちょっと恋人みたいだったかな。
花子は怪異だから、恋人ってわけでもない?
あーもう、俺もなんでこんなことしたかはわからん!
その場の雰囲気だよ、雰囲気!
話を戻そう。
奥に進むと、当然行き止まりだった。
そこはかつて、あの子犬がいたところだ。
「あれ?」
不思議なことに、そこにはすでに先客がいた。
枯れた花が置いてある。
「誰か……来ていたみたいじゃな」
「そうみたいだな」
たぶん俺の先祖だ。
俺と同じように、あいつを思いやる誰かがいたんだ。
「よかったな」
俺は花を置いて手を合わせ、その場を去った。
―――――――――
「ありがとな」
帰り際、改めてお礼を言う。
「な、なにがなのじゃ?」
いきなり感謝されて花子は動揺している。
申し訳ない。
「ここまで俺を気にかけてくれて」
「……当然じゃ」
「当然?」
どういう意味だろう。
「ワシを倒した奴が弱かったら、ワシも困るからじゃ!」
たしかそれ、前も言ってたな。
でも、本当にそれだけなのかな。
「もしかして……」
「それより、これからどうするのじゃ!?」
遮るように、被せてくる。
「どうするって?」
「もう六つの怪異に会ったのじゃろう?」
「そうだね」
「残るは一つじゃな」
「う、うん」
なんでそんなことまで知ってるんだ?
と少し疑問に思うが。
「最後の怪異を見つけたらどうするのじゃ?」
「えー? 見つけたら……」
どうするもこうするもない。
「それで終わりだな」
うん、そうだ。
長かった怪異調査も、次で終わり。
寂しいような、ほっとするような。
「終わりってことはつまり?」
「……」
一体花子はなにが訊きたいんだ?
「明はやっぱり、もう少ししたら都会に帰ってしまうのじゃ?」
なるほど、これが核心か。
「まあ、俺だって学校があるし。仕方ない」
悲しいことに夏休みってのは、終わりが来る。
「またここに来てくれる……のじゃ?」
「う~ん……」
どうだろう。
ここに来ていろんな経験をした。
それは、家に籠ってゲームやアニメ三昧だったときよりも楽しかった。
けれど。
「俺もさ、まだよくわかんないんだ」
「……」
「また来たいと思うかは、来年の俺に訊いてみないとわかんないや」
「……」
すっかり黙ってしまった花子。
表情は悲しげだ。
なんだかしんみりしちゃったな。
「そんなに気を落とすなって」
ぽんっと肩に手を置く。
「……」
「来てほしいってんなら、喜んでいくぞ」
「のじゃ!?」
即座に俺に明るい顔を見せたところからも、喜びが伝わってくる。
「今度は俺の部屋で遊ぼうな」
もう怪異調査もないし。
「やったー! のじゃ!」
ばんざいする様がかわいい。
こいつも子供なんだなーと改めて思う。
「それじゃあ、さよなら!」
麓まで来た俺は、花子と手を振って別れる。
「また来てねー! のじゃー!」
すっかり子供らしくなっちゃって。
初めはあんなに怖かったのに。
すっかり花子への印象も変わったな。
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