深いわけがある

 深い森の中を長いこと歩いていると、とある洞窟にたどり着いた。

 洞窟と言っても、山の王が住んでいるような狭いものではない。

 ケルベロスが入っても、まだ天井に頭がつかないほど巨大なもの。

 そこに入っていく。

 なかなか奥行きもあるみたいで、暗い中をずんずん進んで行く。


「きゃうん!」


 行き止まりが見え、足を止めたとき。

 ケルベロスにしては甲高く、弱弱しさも感じる声が聞こえた。

 暗がりには一匹の小犬がいる。


 え、大丈夫か?

 こいつ食われるんじゃ……。


「ガウ!」


 ケルベロスが威嚇するように吠えた。

 やっぱり……。


 けれど、俺の想像はいい意味で裏切られる。

 なんとケルベロスはさっき食べた鶏を一匹吐き出したのだ。

 それを子犬が嬉しそうに食べる。

 これって、ペンギンの子育てで見たことあるな。

 つまり、このかわいい子犬がごついケルベロスの子供……なのか?

 襲う様子もないし、かわいがっているみたいだ。


 うーん。

 俺のこいつに対する印象が少し変わる。

 案外いい奴なのだろうか。


―――――――――


 あれから数日。

 見ていてわかったことがある。

 このケルベロスは、村に訪れはするものの人間を襲わないみたいだ。

 伝承に書かれていることとは違うが、今見たところ一度も襲っていない。

 村の家畜はたまに襲うことはあるけれど、それも最終手段みたいだ。

 山でまったく食べ物が採れなかったときだけ、村に寄る。

 けっしていつも来ているわけではない。


 そして、その食べ物は洞窟にいる子犬に分け与えられる。

 少ないときは、自分の食べ物も渡し、なにも食べないときだってある。

 やっぱりこいつ、いい奴だな。


 それじゃあ、どうしてあんなに人間を恨んでいるようになってしまったんだ?


 それがわかるのは、数日後だった。


―――――――――


「ガウ!?」


 おっ、なんだ?

 いつも通り洞窟に入っていくと思いきや、なかなか入ろうとせずウロウロしている。

 ときおり三つの頭で地面の匂いをしきりに嗅ぐ。


 一体なにが?


 しばらくしてケルベロスは警戒しながら、慎重に洞窟に入っていった。

 様子が普段と違い、落ち着きがない。

 いかにもなにかありげだ。


「ワオーーーーーン!!」


 奥まで行くと、突然吠えた。

 なんだ、どうしたんだ?


 あ、あの子犬がいないんだ!

 いつもここでご飯を待っているはずなのに。

 今まで外に出ているのは見たことが無い。

 じゃあ、今回はなぜ洞窟にいない?


「ワウ!」


 ケルベロスは、洞窟の外に向かって一目散に走っていった。

 ただ闇雲に走っているのではなく、目的がありそうだ。

 おそらく、子犬の居場所に。


―――――――――


「ガルルルル……」


 どこまで走るのかと思えば、山頂に着いた。

 ここになにが……と思ったら、人影が見える。


「へへへ、やっと来たな」


 人相が悪そうな男が佇んでいた。

 腰には物騒な刀を携えている。

 嫌な予感がした。


 そいつの足元には。


「きゃうーーん!」


 子犬だ。

 あの子犬が縛られて、逃げられないようにされていた。

 もちろん誰がこんなひどいことをしたのかは、一目瞭然だ。


 そしてこのとき、ケルベロスが洞窟になかなか入らなかった理由もわかった。

 きっとあの人間の匂いが染みついていたんだ。

 だから、注意していた。

 そして、その匂いを辿ってここに来た。


「こいつを返してほしいか?」


「ガウ!」


「ふん、そのようだな」


 男は気味の悪い笑顔を浮かべ、子犬とケルベロスを交互に眺めている。


「だが、そうもいかない」


 なに?


「俺は頼まれればなんでも退治する猟師〇〇だ」


 伝承にあった人物はこいつか。

 名前も一致している。

 けど、だいぶイメージと違うな。

 伝承では、正義のハンターみたいな感じだったが……。

 これじゃあ、まるで悪人だ。

 ケルベロスとは真逆のイメージを抱いた。


「今回のターゲットはお前だが、こいつものちのち化け物になるだろう」


 たしかにそれは一理ある。

 成長して、頭が増えるかもしれない。


「だから、ついでに始末させてもらうぜ」


 あっ!!

 一瞬だった。

 刀に手をかけたと思ったら、それが子犬の首を……。


 ひどい。

 いくらケルベロスの子供だからって……!


「これで、報酬が倍になるな」


「ガルルウ!!!」


 ケルベロスがとびかかる。

 目は血走り、とても冷静には見えなかった。

 怒りで我を忘れているんだ。


 一方の男は冷静だ。


「ふん、しょせん獣よ」


 すばやく剣が空を切る。

 一瞬の間。

 男の鼻先に迫っていたケルベロスの首が、三つともすっぱりと切り落とされた。


 これだ。

 これこそが、あいつが怨霊になったわけだったんだ。

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