絶交、邂逅
「お前、知ってるのか?」
「むふふ、七つ星の人間は皆一度は奴を探しておるからのう」
得意げに答える。
つまり俺だけじゃないのか、探しているのは。
ま、そうだよな。
怪異録なんてものもあるくらいだし。
「じゃあ、なにか知ってることがあるなら教えてくれよ」
正直山をさまようだけで出会えるとは思えない。
彼女みたいに自分から来てくれると手間が省けるんだけどな。
「よいぞ、よいぞー。じゃがのぅ、その前に一ついいかの?」
「なんだ?」
快く承諾してくれたが、条件がありそうだ。
情報が手に入るなら、少しくらい願いを訊いてあげてもいいんだけど。
「ワシを名前で呼んでくれんか?」
「……名前?」
まったくの予想外の質問に戸惑い、訊き返した。
「そうじゃ、ワシにも名前はあるのじゃ。それなのに、お主はいつもお前としか呼んでくれないのじゃ……」
「ご、ごめん……」
たしかにそうだよな。
名前があるのに呼ばないのは、失礼だ。
怪異だろうと、敬意を払わないと。
けど、問題がある。
「俺、名前知らないんだけど」
知っていたら、呼んでいる。
教えてくれるなら。
「明、ひどいのじゃ~! ワシは前に言ったのじゃ~!」
彼女は袖で目を覆い、泣き出してしまった。
どうやら俺は忘れているだけで、聞いたことがあるようだ。
「ご、ごめん……」
俺は謝る。
さらに彼女を傷つけてしまった。
今日は空回りばかりだ。
「その、忘れちゃったから……もう一度教えてくれない?」
「うっ……うう……ぐすん……」
「本当に、ごめん。俺が悪かった。なんでも言うこと聞いてやるからさ。一つだけ」
俺はなんとかなぐさめるために、こうもちかけた。
最後に、一つだけという条件をちゃっかり付ける。
「じゃあ……明の命をもらうのじゃ……」
「え! いや、それはダメだ……それ以外で」
いくらなんでもそれは無理だ。
他の願いを言ってくれるのを待つ。
しかし、俺が答えた瞬間彼女は顔を隠した手をどけた。
「明のバカー!!」
その顔は舌を出して……いわゆるあかんべーだ。
それだけ言って、彼女は消えてしまった。
「……」
悪い事しちゃったな。
さすがにさっきのお願いは聞けないけれど。
俺だって、もっといい言葉選びができたはずだ。
反省しよう。
今度会ったときにでも、謝るかな。
もっとも、次いつ会えるかわからないけれど。
―――――――――
もやもやした気持ちが俺の心を覆っている。
それをごまかすかのように、登山に集中していたそのときだ。
ガサガサガサ!
そんな音が聞こえる。
なにかが近づいてきているようだ。
……この展開、多すぎない?
仕方ないだろ、そんな状況になるんだから。
もしかすると、野生動物かもしれない。
が、ぶっちゃけ怪異じゃないか?
なんとなくそう思った。
連日の調査で、不思議なことに慣れ始めている自分が怖い。
「ん……」
音が止まった。
ってことは、俺の気のせいだったかな。
……とはならない。
気配でわかるぞ、なにかがいる。
「誰だ」
映画とかでよくある、そこにいるのはわかっているぞ風に言ってみる。
しかし、なんの反応もないので本当になにもいなかったのかもしれない。
「それならそれで……」
「オイ」
「……っ!」
後ろから低い声がした。
おなかの底から出ているような、背筋が凍るような声だ。
「オマエ、ナナツ、カ?」
耳元でそうささやかれる。
耳に荒々しい吐息が当たる。
当たっているのは息だけではない、毛かなにかが当たっている。
相当髪の毛かひげかが長いに違いない。
「コタエル、ハヤク」
もう一つ気になるのは、やけに片言な事。
外国人なのかな。
「ナナツ、カ、キイテル」
どうやら彼はナナツかが知りたいみたいだ。
……どういうことだろう。
まさか俺が七歳か訊いている?
いや、七つ星かを訊いているんじゃないか?
それならイエスだ。
「あ、うん。七つ星だよ、俺は」
しばらくの沈黙。
はたして、ここで名乗ったことは凶と出たか?
それとも……?
「コイ」
「おわ!?」
俺の体は宙に浮いた。
UFOみたいに謎の力でではない。
何者かの片手が腰に回って、俺を持ち上げたのだ。
そのままそいつは俺を抱えて、木々の中を駆け抜けていく。
この状況、まずい?
だからと言って、抵抗してもどうにもなりそうにない。
ただ、殺す気はないんじゃないかな。
それならあの殺人鬼みたいに出会った瞬間に攻撃するはず。
どこかに連れて行っているということは、しばらくは生かしておいてくれるんじゃ?
でも、どこに?
そんな疑問を抱えながら、森を飛び回り……酔ってきた。
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