ここから出たい訳がある
「ちっ、もう少しじゃったのに……」
先ほどまでの笑顔とは打って変わって、苦々しい顔で悪態をつく少女。
これがこいつの本性か。
「お前の目的はなんだ?」
なぜ俺をここに閉じ込める。
「目的? 聞きたいのか?」
心底めんどくさそうだ。
「あぁ」
「ワシはなぁ、この石の中で悠久のときを過ごしておる存在でな」
ずいぶん長いことここにいるみたいだな。
ってことは、人間ではないみたいだ。
「常に退屈しとるんじゃよ。だから、お前みたいな近くを通った奴を引き込む」
退屈だからって、そんなことされちゃ困る。
外では怪異として扱われてるんだぞ。
「こちらとしても、出ていかれては困るから最高のおもてなしをしてやるんじゃが……」
なるほど、あれはおもてなしだったのか。
たしかに俺も一瞬ここにいてもいいと思ったが。
まんまと策にはまらなくてよかった。
「して、お主はなにゆえワシの術を解くことができたのじゃ?」
少女は顔を上げ、ギラりと瞳を輝かせて俺を睨んだ。
なにゆえと言われとも。
「お主から不満は感じられなかった。それならなぜ幸せを崩してしまう?」
崩すというか。
まあ、説明してやるか。
「それはだな」
「ふむ」
興味深そうにうなずく。
「俺の嫁は、マジカル少女キューティー・リルルだけだからだ!」
声高に宣言する。
すると、少女は頭を抱えた。
「その……そやつは何者じゃ?」
知らないのか。
「マジカル少女シリーズの二作目『キューティー・マジカル少女』に登場する中学二年生の女の子だ。幼いころにお母さんを敵組織の幹部に殺されてから、復讐のために戦い続ける孤高の戦士。しかし、同級生の……」
「待て待て待て、待つのじゃ」
「なんだよ、こっからが一番のオススメポイントなのに」
「なにやらよくわからぬ横文字があったが、それは現実の話ではなかろう?」
「そうだ、二次元だ」
「ならば、なぜそこまで……」
「推しに次元は関係ない!!!」
「……」
「俺は彼女が好きだから推す! ただそれだけだ!!」
「……こんな奴にワシの魅惑の演技が負けたと考えると、腹がたつのを通り越して呆れてきたわ」
魅惑の演技?
あんなものマジカル少女に比べたら。
「七つ星明の推しへの情熱をなめてもらっちゃ困るね」
胸を張って、自慢する。
少女はそれに反応した。
「なぬ、七つ星じゃと?」
「そうだ、俺は七つ星だ」
「なるほど、なるほど。お主はあそこの者か」
深くうなずき、納得している。
その様子を見るに……。
「知ってるのか?」
「たびたびワシの罠にかかりおるマヌケな奴らよ」
「……」
マヌケ……か。
ちょっとカチンとくる。
「癪なのは、そのくせ誰もがここを抜け出す強者……厄介者だということじゃな」
七つ星家のみんなここから出たことがあるのか。
まあ、そうだよな。
出られなかったら家が途絶えてるはずだ。
「で、ここからが大事な話じゃ」
大事な話、なんだろう。
「お主はここから抜け出したいかの?」
「当たり前だ! 明日はマジカル少女シリーズ第18作目『マーベラス・マジカル少女』の初回放送日だぞ! 目覚まし時計だってもう朝八時にセットしてるのに!」
一応録画はしてるけど、リアタイがいい。
「なーんかお主は他の七つ星と比べて、おかしな奴じゃのう……」
んなことはどうでもいい。
「早く出して!!!」
「待て待て、そう焦るな。まだ時間はあるだろうに」
「ない! 今夜はソシャゲ版マジカル少女『シャイニー・マジカル少女』のイベントがあるんだよ!」
限定キャラがゲットできなかったら、こいつのせいにしてやる。
「本当にめんどくさい奴じゃな……」
「それで、話は戻すがもしかしてただでは返してくれないとか言うのか?」
「きゅ、急に冷静になるな。怖いんじゃよ、お主」
怪異のお前が驚いてどうする。
「勝負でもするか? 俺と」
「そうだな、勝負じゃ。じゃが、ただの勝負じゃないぞ?」
当然そう来るよな。
「なんだ?」
「命を賭けた真剣勝負じゃ」
「命を……賭けた……」
その覚悟は、ここに来る前にしてる。
「なぁに、簡単なことじゃ。お主が負ければ二度とここから出られない。ただそれだけ」
実質死ぬみたいなもんかな。
「な、簡単じゃろ?」
「そうだな、単純明快だな」
デッドオアアライブ、だもんな。
「で、なんの勝負をするんだ?」
「ふむ、そうじゃな……」
「エイリアンと戦うのはもう勘弁だぜ」
「えいりあん? それはなんじゃ?」
こいつは知らないか。
「あー、そんなことはどうでもいい。それじゃあ、あれだ」
「なんじゃ?」
「トランプとかどうだ?」
「とらんぷ?」
これも知らないのか。
「一から十二までの数字が書かれてて……」
「あー、もうよい。今お主の頭の中をかき回したからわかったわ」
えぇ、怖い……。
思考読めるの?
頭にアルミホイル巻かなきゃ。
「こんなもんかの?」
目の前にちゃぶ台と、カードの束が現れた。
ざっと確認すると、普通のトランプだ。
「なんか細工とかはしてないよな?」
「失敬な、真剣勝負と言ったじゃろう」
頬を膨らませて、ぷんぷんしてる様は少女らしい。
「ごめん、ごめん」
でも、まだ問題はある。
「さすがに二人じゃ盛り上がらないんだけど……」
できなくはないんだけどね。
「それなら、
手を叩くと、子どもが二人現れた。
この子達、どこから来たんだ?
「わー! 今日は何して遊ぶのー?」
「これ、かるたー?」
興味津々で、トランプを手に取る。
「いやいや、なんでもとらんぷとかいう遊びらしいぞ」
「あの、この子達は?」
「ワシの罠にかかってここから出られぬマヌケ共じゃ」
そういうことか。
ってことは、昔話は事実に基づいているわけだ。
運悪く出られない子供達……。
できれば、彼らも助けたいな。
「だって、ここにいたらお姉ちゃんがずっと遊んでくれるもんー」
「退屈しないー」
完全になついてるな。
もしかして、逆にここがいいのか?
「よし、人は揃った。さあ、始めようぞ」
全員が座る。
ここから勝負の始まりだ。
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