危険がいっぱい山登り
「ふぅ……」
案外近くにあるように見えた裏山も、麓にたどり着くまでにそこそこあるみたい。
家から出てだいぶ歩いた気がするんだがな。
「あら、明ちゃんかい?」
道中、麦わら帽子を被ったおばあさんに声をかけられた。
両手でトマトが入った籠を抱えている。
「えっと……そうですが」
どこか見覚えがあるけれど、覚えていない。
誰だっけ。
「覚えてないかい? あたしは……」
この人は俺が小さい頃に何度か会ったことがあるみたいだ。
俺は覚えていないけれど、懐かしい気持ちになる。
「そうかい、あの山に登るんだね」
いつの間にか思い出話から登山の話に移り変わる。
おばあさんはそれを聞くと感心するようにうなずきながら、「一人であの山にねぇ……」と呟く。
「はい」
「それじゃあ、一つ警告をするわ」
それまで温厚だったおばあさんの顔が、恐ろしいほどに神妙になった。
心なしかおばあさんの顔のシワがより深く刻まれたような、なにかを感じた。
じっと目を合わせ、両者に緊張が走る。
俺は唾を飲み込んだ。
「けっして、登山道から外れちゃいけないよ」
外れちゃいけない……。
「な、なぜですか?」
恐る恐る訳を尋ねる。
「ははは! 遭難するからに決まってるじゃない!」
おばあさんは元の優しい顔に戻り、笑いながら俺の肩を叩いた。
しかし、俺は目が笑っていないことに気づいてしまった。
「ははは……」
笑おうにも笑えない、けれどむりやり笑顔を作る。
「それじゃあ……」
そそくさと、逃げるようにその場を立ち去る。
「がんばるんだよ!」
後ろから聞こえたおばあさんの応援は、なぜか俺の汗ばんだ背中をぞっとさせた。
夏なのに、寒気を感じるほどに。
それからしばらく歩き、やっとの思いで「登山道入口」と書かれた看板を見つけた。その看板は生い茂る木々に囲まれていて、すごく見にくかった。本当にここであっているのか、少しばかりの不安を抱きながら登り始める。
―――――――――
なんの気無しに歩を進めていたときだ。
「なんだ……?」
音がした。
茂みが揺れる音。
ここは山なのだから当然そんな音はするだろう。
だが、なにかが違う。
俺を呼んでいる気がした。
カクテルパーティ効果ってのを思い出した。
セミの大合唱や風で揺れる木々、そんな様々な音が鳴り響く山の中で、その音だけがやけに耳に響く。
「こっちか?」
歩きながら、なんとなく道の外に視線を向ける。
ここらへんは竹が生い茂っている。
その中に……。
「っ……!」
反射的に目をそらした。
足を止め、自分の靴を凝視する。
あれは見てはいけないもののような気がした。
尋常じゃないくらいの冷や汗が流れる。
足は小刻みに震えている。
「落ち着け、落ち着くんだ……」
おばあさんが言っていたじゃないか。
けっして道をそれるなと。
たぶんこういうことだったんだ。
あれと出会わないための警告。
「……よし」
少しはおさまってきた。
早くここを離れよう。
もうあれのことは忘れて。
そう、俺の目的は「星降りしとき現る彼の者」だ。
大きく首を振って、その場を後にした。
……後ろから聞こえる声を無視して。
―――――――――
「はあ……はあ……」
もうすぐ山頂じゃないかな。
さっきの看板にあと500メートルって書いてあったし。
着いたらおにぎりでも食べよう。
「お?」
道の先にまばゆい光が見える。
木々がなくなってきている。
ということは……。
「つ、着いたー!!」
一気に視界が開けた。
木々のない、すっきりとした草原だ。
爽やかな風が吹いてきて、気持ちがいい。
見下ろすとまばらに並んでいる家が見える。
かなり登ってきたようだ。
「やっと……お昼だ……」
慣れない運動で、足が悲鳴をあげている。
俺はレジャーシートを広げて、腰を下ろす。
「ふぅ~~~」
水を飲んで、一息。
おにぎりをほおばる。
頑張った後のご飯は格別だ。
「……」
食べながらあたりを見渡す。
ここは山頂……だからといって、なにかがあるわけでもない。
田舎の山だから、誰も登りに来ている人もいない。
とても静かだ。
「ん?」
なんでこんなに静かなんだ?
さっきまでやかましいくらいセミの鳴き声がしていたはず。
おかしいな。
山頂には木がないから?
いや、それにしても……。
「ウ~……」
「……!?」
唸り声が聞こえた。
視線を巡らせると、元来た道の近くに影が見えた。
なにがいるかはわからない。
かなり大きい。
うさぎやたぬきではない。
イノシシ……にしては、姿勢が変かな?
まさか……。
「熊……!?」
やばい、この山熊が出るのか!
そんなこと誰も言ってなかったのに!
じーちゃんにでも聞いておくべきだったかな。
いや、今更後悔しても遅い。
ここはどうすれば……。
「そうだ……」
俺は今日の夜食べる用のおにぎりを掴む。
これをあげたら帰ってくれるかなとわずかな希望を抱き、おにぎりを転がす。
ころころと進んで、ちょうど影の近くで止まる。
どうだろう。
あのおにぎりを……。
「……あ」
茂みから手が出て、おにぎりを掴んだ。
影はその瞬間、どこかに走り去っていった。
「た、助かった……?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます