4.

 草木も瞑る、丑三ツ時。


 はて、“虫の報せ”、であろうかな。


 『眠れるときには存分に寝ておけ、眠れぬときに備えよ』


 とまで、後に家訓にも掲げる、近代軍隊にいう“急いで待て”、平時での滋養長久の要を識る常陸陸拾萬ひたちろくじゅうまんを領する水戸城主にして大大名、佐竹義宣が近習頭、渋江内膳政光その人、は。


 なんと!。


 常に無い、名乗りを待たず眼前で、やにわ自ら開いた家門に使者は思わず奇声。


「……」

「……」


「あー、こんな夜更けにお役目苦労」

「えー、こんな時分に失礼仕る!」


 実に、事は、虫の報せであった。


 遅くなり申した!。


 天守で独り、夜闇に向け眼を凝らす主公の背は、突如そのとおりに、投げ出された『天下』の行く末を見極めんとするかの、『指揮官の孤独』そのものであった。


 きたか、内膳。


 変わらず城外へ眼を投じたまま義宣は、背に向け告げる。


 向き直り、どっかとあぐらを組むと、ちこう、


 ちょいちょいと手招き、いざり寄る耳元へ声を潜め、


 三州めが。


 短く、一言。


 想定していた最悪の的中に、内膳はぶるりと身を震わせた。


 敗れたというのか?! 。


 東軍が!! 。


「して」

「判らぬ」


 討たれた、とも。


 さすがの内膳も気が遠くなる。


 家康公が、関ケ原で、討ち死に……?! 。

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武士相撲 -太郎丸の伝説ー 大橋博倖 @Engu

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