第2話

 日ノ本。


 世界から見て東の果ての、大陸にへばり付くように点在する列島、

 山がちなその小島の上にしがみつく、黄色い小人、土人の小国。


 其処で今、この邦、に、ささやかな変化をもたらす一事が進行しあり、



 其れはは世界に多大な動乱を産み落とさんとしていた。



 金吾めはなぜ、動かんのだ。

 総司令の独語は意想外に大きく、取り巻く諸将に漏れ流れた。


 なぜ、動かん。


 続く音声は紛れもない怒号であり、罵声であった、とされる。


 然るに、大殿の焦慮は幕僚、徳川家臣団一族郎党にもまた、理解骨髄の易きにあるもの。


 眼があれば判らぬ道理はない。

 我が軍は、東軍は正に今、窮地に在る。

 金吾中納言、小早川秀秋殿の内応無くば確実、敗北必至である。


 他方。



 殿、この戦、最早、


 痴れ者。


 光成は近侍の軽口に短く大喝を落とす。


 あの家康ぞ、首にするまで笑えんわ。


 しかし緩んだ口辺には喜色が滲み、語るに落ちている、

 勝利は、確信していた。

 あとは時間の問題、そして、

 事、ここに至り西軍総予備の重みすら持った、

 小早川殿がいつ、断を下すか。



 と、



 遠方に重い破裂音が木霊した。



 種子島、



 耳にした戦場楽音に光成は奇異を思う。


 東軍の本陣から、山上へ射掛けられたらしい、が、


 あの距離では、無駄撃ちではないか。


 よいよ家康も窮鼠に堕したか。


 なればこそここは慎重に刈り取らねばならんな。


 期待を込め其の山上を見遣る、正に頃やよしですぞ、中納言殿。



 馬曳けい、


 珍しく、怒声も露に秀秋は屹立した。

 顔は蒼い、否それは、

 激発した憤怒により退いた血の気であった。


 ぎりりと歯を鳴らす。


 曳き寄せられた愛馬に遅いと叱責を浴びせひらりと鞍上に上る。


 家康め、家康め、家康め、


 怒鳴り散らしながら駆け降る。


 無論続くは大兵一万五千、


 常ならぬ、火を吐かんばかりに駆ける殿一騎にすわ遅れじと、


 怒涛は斯くやと山を鳴らして就き従うその勢はこれぞ破竹。


 負け戦を、この中納言に頼みつつ射掛けるとは、

 此処まで虚仮にされ、武士の一分が立つものか、

 その増上慢、今こそ我が手で討ち果たそうぞ、



 掛かれ者共目指すは家康の首、只一つじゃ。



 御殿の地を裂かんばかりの大音声に、


 応。


 溜めに溜め滾り切った万の軍勢が打ち応える。



 鎧袖一触、大勢はここに決した。


 か、に見えた、



 金吾中納言、小早川秀秋公、討ち死に。



 西軍に激震が奔る。


 嗚呼、急がれすぎたか中納言殿。

 光成は天を仰ぐが是非もなし、


 ここが正念場ぞ、見せよ者共、


 宙に浮いた一万五千に戦場は又揺れ戻す、


 なれどこればかりは、東軍の勝ちだけは遂に無かった。

 必勝を期しての家康最後の賭け、その戦歴の最後にして最大の敗北であった。



 

 そして、歴史が動いた。

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