30 検索しても分からない過去
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人気イケメンYouTuberレックスの㊙プロフィール♡
本名:
出身地:○○県
生年月日:△△△△年5月2日
身長:179cm
血液型:O型
職業:YouTuber
XXXX年、当時高校生だったレックスがYouTubeに初投稿した動画『冴えない男子のビフォーアフター』にて、変身後の姿がイケメン過ぎると話題になり注目を集める。その後、持ち前の整ったルックスを活かした企画と工夫を凝らした動画編集技術で女性を中心としたファンが急増。初投稿から僅か三か月で登録者数が十万人を突破。それを機に、通っていた高校を中退すると動画内で決意表明。その後、通信制の高校に編入し卒業。映像系専門学校に入学し、より専門的な知識を得る。専門学校卒業後は現在の事務所に所属し、YouTuberとして本格始動。――――
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深夜二時。月は自室のベッドの上でタップとスクロールを繰り返していたスマホを枕元に放り投げた。
十二時前にベッドに横になったにも関わらず、寝ようとしても寝付けなかった。目を閉じて静かにしていると胸の内がモヤモヤしてきてスマホを手に取り、Webの検索バーに似たような単語入力を繰り返していた。
“レックス” “YouTuber” “高校中退” “理由”
気になって仕方がなくて、何度も調べてしまった。しかし、Web上には噂や憶測の域を出た真実らしき情報は見当たらなかった。
月はガッカリすると同時にホッとした。レックスの辛い過去は知ろうと思っても知ること事が出来ない。それは本来正しい事だ。
有名人の個人情報が本人の意図せぬ形でインターネットの世界に出回る事は多々ある。それによって本人の胸中にだけ秘めておきたいことが暴かれ、必要のない中傷を受けたり、事実無根の尾ひれがついたり。悪意ある印象操作が行われたりすることなどが当たり前の世の中の方が間違っている。
Web検索で調べて知れる範囲の事ならば自身が知ったところで問題はないだろうと、恐る恐る情報検索をした月。ただ調べたところで収穫は何もなく、ホッとしたりモヤモヤしたりとその内心はかなり散らかって収まりが悪かった。
暗闇でスマホを真剣に見ることによって疲れた目を閉じ、眉間を人差し指の第二関節で揉む。そうして少しの間だけ無心になる。その無心から頭に浮かんできたのはレックスの声だった。
『さっきは変なことに巻き込んでごめんね』
美来と別れた後、月は種田に宣言した通りレックスに電話を掛けた。そして開口一番に謝られ、二の句は『何もされてない?』だった。
一体自分が美来に何をされると思っているのだろう。
胸の内に大きな疑問が浮かぶがそれを口にすることなど到底出来ない。何もないと答えればレックスは『そっか』と心底安堵した様子で息を吐いた。
そしてその後――――
『全部忘れて』
慎重で低い声色が受話器越しに重たく耳に滑り込んできた。そこに込められた想いを月は想像してしまい、YESの返事以外が言葉になって出なかった。
しかし、承諾の返事をしたからと言って忘れる事など簡単に出来はしない。それはレックスだって分かっているはず。よって種田がそう命じたように、美来については今後一切触れてくれるなということだと月は理解した。
思い出したくない過去。逃げ出したくなる人。
月自身にもその気持ちはある程度理解出来た。ただ、レックスの様子を思い返すと、自らが感じた事のある想いと比べる事がおこがましく思えた。
高校時代に何かがあった。それは美来の話からは分かっていた。つまりその“何か”は何年も前の出来事だ。けれども、レックスの負った心の傷は未だに乾ききらずに膿み、もしかしたら血を流したままなのかもしれない。
そう思うととてもじゃないが美来の願いを聞き届ける気にはなれなかった。申し訳ない気持ちが浮かばなくもなかったが、月の中で優先すべきは迷うことなくレックスの方だった。
月は一先ずレックスとは今後出来る限り普通に接するようにと自分自身に命じる。好奇心はしまい込み、レックスが不安な気持ちにならないように出来る限り笑顔でいる事、それが今出来る唯一のことだと、自らに言い聞かせた。
今の自分はレックスの傷ついた心を癒す事は出来ない。それは重々承知の上で、少しでもレックスの心の傷が癒えますように、早く傷口が乾いて、痛みを忘れられますように。
月はそう願いつつ、寝返りをうって目を閉じた。
瞼の裏に浮かんでくるレックスの顔色が悪い。
あと二回寝たらレックスに会える日がやって来る。その時はどんな顔を見せてくれるだろうか。気まずい空気感を想像してしまい月はそのイメージを打ち消す。
笑顔を向けてもらえなかったらどうしよう、なんて女々しいことを考えそうになるのを止めて、どうやったら笑顔で接して貰えるかを考える。
あーでもないこうでもないと考えている内にいつの間にか意識が薄れ、月は眠りの世界に入り込んでいた。
夢は見なかった。
翌朝。
聞き慣れたアラームの電子音を寝ぼけたまま手探りで消して、そのまま時間を確認するために月はスマホを覗き込んだ。すると、時間を確認する前にメールを一通受信している事に気が付く。
使い慣れたSNSではなくメールで連絡を寄越す相手なんて企業からのお知らせか宣伝以外は一人しか思い浮かばず、月はメールを開くかどうか躊躇する。けれども、結局はタップして文字を目で追ってしまった。
【昨日はすまなかった。一晩考えたのだが何がお前をあそこまで怒らせたのかが分からない。察しの悪い父親で申し訳ないが、訳を教えてくれないか? それから、月はもう会いたくないかもしれないが、俺はまた会って欲しいと思っている。連絡を待つ。――――父より】
月は何を思考する前にホームボタンを押して、スマホを枕の下に突っ込んでその上に強く顔を埋めた。
そうして息を止めている間に、レックスの事で頭が一杯になって和司との問題を忘れていた自分にしばし驚愕する。
和司に対する感情の整理は全く進んでいない。昨夜、レックスに話してモヤモヤした気持ちはそれなりにスッキリした。けれど、今後“切り捨てるのか拾い上げるのか”の判断はまだまだ出来そうになかった。そして判断に迷っている間は会いたくないし、連絡をするのも億劫だった。
返信をしない罪悪感が胸をチクリと刺さないこともなかったが、月は会いたいなら寂しがっていればよいと鼻を鳴らした。
「人前でなければあっさり名前を出してくるのとか……ムカつく」
月はメールの文面に入り込んだ自らの名前を思い出して、そのまましばらく不貞腐れ、スヌーズ機能で再びアラームが鳴った後に、いつものルーティーンをするためにベッドから起き上がった。
その後、月は水曜になったら何も知らない顔をしてレックスの部屋に家事代行に赴き、仕事を熟しながら時々笑い話になるような雑談をレックスと交わした。いつも通り、種田に嫌味を言われては言い返すのもそれまでと変わらずで、レックスの部屋での日常は表面上は滞りなく再開した。
美来の事は時々思い出したが、何を強制されたわけでもないとすぐに頭の隅に追いやって考えないようにした。優先されるべきはレックスの平穏だったのだ。
喫茶店で受け取ってしまった名刺と電話番号の書かれたメモは無くさないようにと財布にしまったまま取り出されることはなかった。
しかし、例年より冷え込みの少ない秋が通り過ぎるのをぼんやりと見送って、クリスマスの気配が色濃くなり始めた十二月の頭、優先されるべき平穏は崩れ、財布の中に埋もれていた美来のメモは引っ張り出されることになる。
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