第11話 奈良散策*無人スタンド

 浄瑠璃寺を後にした私達は、白いヴィッツに乗りさらに山道を走っていく。

 しばらくすると、和樹は、急にスピードを落とし、路肩すれすれに車を止らせた。


「お前、お腹ってどうや?そこの無人スタンドで草餅売ってるな。買おっか?」

「そうやね。まだお腹いっぱいやけど一個くらいなら食べれそうやわ」

「またぁ〜!?お前、饅頭とかは別腹やったやろう?……くっ、、、」


 和樹はきっとあのことを思い出しているのだと私はすぐにわかった。



 それは、大学二年の時に行った軽音の夏合宿での出来事だった。

 機材と部員三十数名を乗せたチャーターバスが向かうのは長野県にある少し寂れた元リゾート地だ。

 名前負けしているような古いホテルだったが、綺麗な練習スタジオが三部屋有るうえにお風呂は温泉。しかも、値段は激安ということで、貧乏学生の私達には最高の合宿場所だった。

 しかも、食堂のおばさん達は、私達を心から歓迎してくれており、毎度毎度、料理の後に必ず一品、なにかをサービスしてくれていたのだ。


 ある日の夕食は、みんな大好きカレーライスだった。

 各家庭に一つの味があると言われるカレーだが、本当にここで食べたカレーは絶品だった。後で、おばさんに聞いた所、チョコや蜂蜜、そして、バナナとリンゴを潰したものが味の決め手だということだったが、お世辞抜きに今までの中で一番の味だったと今でも思う。


 これまでも、毎回、お腹いっぱい食べていた私達は、この日はさらに限界近くまでカレーを食べてしまった。しかし、当然、この日もデザートとして、食後の一品がでてきたのだ。

 その一品が、結構ボリュームがある『手作り大福』。

 正直、多くの軽音メンバーは、「ありがとうございます!!あとで食べますね〜」と部屋へ持って帰ってしまった。

 でも、私は、折角用意してくれたおばさん達に悪いと思い、その場で無理して食べたのだ。


 「わぁー、甘すぎずすごくさっぱりしている!」と感想を言った時のおばさん達の笑顔が忘れられない。実は、この時、大福を食べたのは私と和樹だけだった。それから、私達は、『大福カップル』などと揶揄されることになったのだが……。




 「あの時、あれだけカレー食べた後やのに、無理して大福を食べたお前を見て、ほんまにいい子やなと思ったで。あのおばさん達、むっちゃ喜んでたもんな〜。でもな、、、大福食べ終わった時、お前、自分では気づかんかったと思うけど、もう一個欲しいみたいな顔しとったんやで!?」

 「あのねー!!!それ褒めてんの?それともけなしてんの?どっちなん?もうっー」


 私は、照れ隠しをするために、ちょっとだけ怒った振りをしながら、和樹に続いて車から降りる。

 

 取れたての野菜達が沢山並んでいる小さな無人スタンド。

 きっと、地元のおじいちゃん、おばあちゃん達が、大事に作っているのだろうなと思った。

 和樹は、手作り感満載の一個五十円の草餅を二つ取ると、料金箱に百円を入れた。


「ほら、どうぞ」

「ん、ありがと」


 差し出した手に和樹の手が触れる。今日、何回かこんなことがあったけど、私の心臓は『ドクン』とこの日、一番大きく跳ねた。

 今までこんな気持ちになったことはない私は、そのことが嬉しくもあり不安でもあった。



「う〜ん、上手っ!!」


 結構大きなサイズににも関わらず、草餅を一口で食べた和樹を私はただ眺めている。


『私、和樹のこんな子供っぽいところも好きなんだな……』


「ん?なに?何か言ったか?」

「う、、ううん。何も言ってへんで」

「そうか?ならいいけど……。あっ、ほら、お前も食べーや。結構上手いで!」


 薄いビニールを取ると私は草餅を口に運ぶ。

 そして、一口、食べてみる。


 その瞬間、あの時、夏合宿で、みんなから大福カップルと揶揄われた時の気持ちを思い出した。今思えば、「違う、そんな関係じゃないっ!」とみんなに否定していた心の何処かで、実は、嬉しい気持ちが存在していたんだな……。



 甘過ぎない草餅が甘過ぎる私の心を呼び起こす。

 私は、あの時から、もう和樹のことが好きだったんだ……。


「ん?もう一個欲しいんか?」

「あほっ!食べられへんわー!」


 私は、残っていた草餅を全部口の中に入れると、ゆっくりと咀嚼しながら、さらにあの時を思い出す。

 草餅一個で過去に戻れる私達。それって、凄いことじゃないんだろうかと私は考えていた。




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