大学時代の淡い思い出を今、私は探しに行きます。

かずみやゆうき

第1話 私と和樹は、ただの友達……。

 午後八時 和樹との待ち合わせは阪急百貨店の入り口。

 よりによって、こんな多くの待ち人がいる所を指定しなくても、どこかもっと気の利いた所はないのよ?なんて思っていたら、和樹がやって来た。

 何気に小走りで、急いでるフリしてる。あー、わざとらしー。


「ごめんごめん。待ったか?」

「もう、相当待ったわ。待ちくたびれて足がしびれてるし!」


 正直、少しでも早く和樹に会いたくて、三十分も前から来ていた私が悪いのだけど、そんな気持ちに気づかれないように威勢を張る。


 すると、和樹は呆れたような口調で私に言い放つ。


「おまえ、、、もうばあさんやな。俺が遅れたのって、たった五分やろ?これでも、伊丹空港から走ってモノレール乗ってやなぁ、阪急に乗り換えて、最速で来たんやぞ」

「確かにそうやろうけど……。まあ、ええわ。お疲れ」


 和樹は私の方を向くと、さっと頭から下まで見てから、ちょっとだけ揶揄うような声で話し出す。


「あー、お前、ちょっと太ったんとちゃう?運動不足やろそれ。脂質が多いもんばかり食ってたらあかんで」


『バシッ!!!』


 思いっきり和樹の腕を叩いて、睨みつける。

 そして、お互いがちょっと苦笑いをする。



 あー、どうしていつもこうなんだろう。



 和樹と私は、大学の軽音楽部で知り合った仲だ。

 入学式当日に、お互いが自分の意志で軽音楽部の部室に出向いて入部を申し込んだのだが、そうか、そう言えば、和樹との付き合いはそこから始まるんだ……。


「はいはい。お二人さん。入部したいって?ありがとう〜。今年は入部希望者が少なくてな〜。助かるわ〜ほんま。じゃあ、さくっとこの入部申し込み用紙に書いてもらえる?あっ、太線の中だけな。よろしく〜」


 まだ、名前も知らない先輩であろう男の人に促され、私はペンを走らせた。ふと横を見ると、好みの音楽を書く欄に、真剣な表情で文字を埋めている和樹がいた。その時、『睫毛ながっ』と思ったんだっけ……。



「お〜い!!聞いてるか〜。もしもし〜」


 和樹が私の耳元で声を張り上げる。

 はっと私は我にかえる。


「あっ、私、ちょっと今飛んでた?」

「飛んでたもなにもお前、やばい顔してたで。くくっ」

「もう!!!そんなことないわ。可愛い顔してたわ!あほっ」


 また、和樹に向かって突っ込みをいれようと右手を出すも、見事に避けられ私の右手は空振りしてしまう。


「あのさ〜、オレほんまにビビったんやで。どこに食べに行く?って何回聞いてもずっと遠くを見てるし。大丈夫なん?」

「あっ、そ、そうなん?ごめん、ごめん。ご飯の場所やったら、どこでもええで。和樹、大阪三ヶ月ぶりやろ?好きなもん食べに行こっ」

「そやな、ほんならお言葉に甘えて、ホワイティーにある串カツ屋でもええか?」


 本当は久しぶりに和樹に会うんやし、洒落たイタリアンでも行こうかなと思っていたけど本人が希望するんだからしょうがない…。

 私は、そっとため息を付いて地下街に降りるエスカレーターに乗った。




 私と和樹は、大学時代から超微妙な関係だ。


 当時の私たちは、お互いが間違いなく意識をしていた。

 夏合宿、学祭、ライブの打ち上げコンパ、そして、クリスマスなど、お互いがさらに一歩も二歩も近づけるシチュエーションが何回もいや何百回もあったと思う。なのに、結局、私達は今ものままなのだ。


 しかし、友達と呼ぶには、近過ぎる関係だったのは間違いないと思う。

 だって、和樹は私が下宿していた六畳一間のアパートに何回も泊まったこともあるし、和樹のバイクに乗せてもらって泊まりがけのツーリングに出かけたこともある。

 勿論、泊まりって言ってもバックパッカー御用達の小さな部屋に見ず知らずの人も含めて七人で雑魚寝しただけやけど。

 で、軽音楽部の催しではいつも一緒だったし、徹夜で入ったスタジオ練習を途中二人で抜け出して、平城宮跡で語り合ったこともある。


 だから、軽音楽部の仲間からは、「お前ら付き合ってるんやろ?」と何度も何度も言われ続けた。


 でも、本当に私達は恋人ではなかった。

 手は握ったこともある。バイクに乗った時に腰に手をまわしたこともある。だけど、それ以外は何も無い。和樹が私のアパートに泊まった時も、ただ徹夜で話をしていただけ……。


 そう、私達はずっと、ただの仲の良い異性の友達なんだ。


 だが、私の思いは違っていた…。

 なのに、私自身も次の一歩を踏み出せずにいたのだ。



『あのさっ、女にとっての男友達って、恋愛抜きでも成立すんの?』


 大学の同期で親しくしていた明美ちゃんからは、『ありえない』という口調で言われたことがあったな…。


 ずっと中途半端な気持ちを抱えたまま、そうこうしているうちに、私達は、就職で離れ離れになってしまう。

 私は大阪の企業へ、そして和樹は東京の企業へ就職が決まったのだ。


 奈良にある大学を卒業してから三年。

 和樹と会うのは、彼が帰省してしてくる盆や年末年始、そして、営業職である和樹が出張で大阪に来る時に、呼び出しがかかり、ご飯を食べた後ちょっと飲む、、まあ、そんな感じだった。

 改めて考えると、学生時代より微妙な仲になっているんだなと私は改めて感じていた。



「うま〜。やっぱ、串カツは大阪やな。東京にも沢山あるけどなんか違うねんな。やっぱりこのソースか?あっ、お前知ってるか?このソースって継ぎ足しやからさ、このソース入れもずっと掃除とかせーへんのやて。だから、これに串カツをくぐらすと…。たまに、ゴッキーの赤ちゃんがついてくるという噂あんねやで。実はこれが何気に良い出汁になってるから美味いって…。イテェ!!」


 私は思いっきり和樹の頭をぶん殴る。


「もう!!私も食べてるんやで!!食欲なくなるわ。最悪や」


 私は、和樹に向かって本気で怒る。

 だけど、和樹はそんなことにはまったくへこたれず私にこういうのだった。


「だって、久しぶりにお前にあったから、照れくさいのわかるやろ?少しでも話弾ませなあかんと思って俺も頑張ってるんやで」

「…っ。う、うん」


 あ、、いつもこの表情に騙されるんだ。

 私は、和樹のこの表情が一番好きだった。

 ちょっとムキになっていて、ちょっと恥ずかしがっているこの表情が…


 その後、二人で結構食べて飲んで、串カツ屋を後にした私達は、来た時は降ったエスカレーターを今度は登って、一杯引っかけたであろうサラリーマン達でごった返す阪急梅田のターミナルに来ていた。


「ごめんな〜。俺、明日朝一番の新幹線で岡山行かなあかんねん。だから早めにホテル戻るわ。ほんまは岡山に泊まった方が楽やったけど、やっぱりお前と飲みたいしな。で、大阪に泊まることにしたんやわ。ほら、お前も俺に会いたいと思とったやろうしな」

「はあ!?私は別に会いたないけど!和樹が私の顔を見たかったんやろ?もっと素直になりーな」

「はいはい。そうやな。そういうことにしといたるわ。で、、、すごく寂しそうな顔をしている誰かさんに朗報があります!」


 あっ、和樹は今、私が好きな表情をしている。


「朗報って、、、。また、しょーもないことなんやろ?どーせ」


 私が少し照れた顔をしているのをきっと和樹はわかっているのだろうな。だけど、彼はそのままお間抜けな感じで会話を続けた。


「今日は木曜日、、で、明日は金曜日って、当たり前か。ふっ」

「ちょっと、何一人ボケ突っ込みしてんのよ」


 私が即突っ込むと和樹は、ちょっと真面目な顔をする。


「俺は、明日、岡山で仕事やけど、仕事終わってもそのまま東京には帰らへん。でっ、お前、土曜日暇やろ?俺と奈良に行かへんか?」


「奈良?えっ?」


「多分やけど、岡山の仕事が長引きそうやから、明日はそのまま岡山に泊まるつもりなんやわ。で、翌朝、新幹線で新大阪まで行って、御堂筋に乗り換えて難波やろ、ほいで近鉄乗り換えてって感じやな。お前、朝、むっちゃ弱いけど午前十時やったら、近鉄西大寺駅に来れるやろ?」


 私達の思い出の場所、、、奈良。

 京都と違ってむっちゃマイナーだけど、おしゃれなカフェが沢山ある訳ではないけれど、それでも私は、やっぱり奈良が好きだった。

 それは、どこに行っても私と和樹の思い出が溢れている場所ばかりだからかもしれない…。


 大学時代から数えると七年が過ぎても一向に近づかない私達。

 しかも、東京で暮らす和樹とは年に数回しか会えなくなっていて、和樹への思いも正直煮詰まっていた私にとって、それは予期せぬ提案だった。


「うん。いこっ。行きたい。和樹と…」


 私はこの日初めて素直な言葉を発していた。



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