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 お店やめちゃうのか…


 せっかくお馴染みになったのに、なんだか残念だな。


 変奇異堂の裏手にある小さな公園でひと休み。公園といっても遊具も人影もほとんどない敷地内、そこの自販機で買ったお茶を飲みながら、ひとりベンチで物思う私です。


 それはそうと、ウチの先生は知ってるのかな。閉店のこと。


 うん。明日、出勤したら、それとなく聞いてみよう。


 一応、言っておきますと、ウチの先生…佐倉大治郎先生のご自宅兼お仕事場は、ここから歩いて10分ほどのところにあります。


 そういえば、この公園には佐倉先生も、よく気分転換に来てらっしゃるようで…


 ちなみに、先生ご本人曰く、自身のベストセラー作品『落日の聖者』の冒頭部分は、夕方ここへ散歩に来た時に閃いたものなのだそうです。


 えっ…あ、はい。なんでしょうか?


 そうなんです。ふと気がついてみれば、この私のすぐ目の前に、ひとりの中年男性が立っているんです。


 にしても、この季節にロングコートなど羽織って…


 がばっ…!!


「あ、いやーんっ…」


 は、はいっ。お察しの通り(?)、その男の人が、いきなりコートの前を開いて…! しかも、案の定といってはなんですが、中には何もお召しになっておりませなんだ。


 ああ…作り物・・・の次は、本物が…とか、ウットリしている(?)場合じゃありません。


 こういう時、本物の女の子なら逃げるべきなのか、どうなのか。などと、私が迷っている最中、 


「ちょっと…君っ」


 と、やや遠くから駆け寄って来るのは…なんと、あの長身といい和装といい、はたまたシブめのフェイスといい間違いありません。我が雇用主の佐倉大治郎先生(46)ではありませんか。


 あ、おかげさまで、コートの人は慌てて逃げていきました。ほっ…


 かたや、なお佐倉先生は駆けてきますが、でもまさか、私だと悟られることはないと思い…


「ちょっと絶佳くんっ…」


 …ません!


 な、なんと佐倉先生ったら、全裸コートさん(仮)を注意したのではなく、ただ純粋に、これ・・が私だと気づいて声を掛けて来ただけのようです。


 なんの躊躇いもなく私の名を呼びながら、こっちへ近づいて来るのが、その大変よき証拠となっています。

 

 でも、試しに自身の近くを窺ってみたものの、他に(本来の)私に間違われるような該当者は、もちろんいません。


 ううっ、ここまで来てバレてしまうとは、なんたることでしょう。


 かろうじてとはいえ、変奇異堂の店主さんの目をも欺むいた私の変身が、こうも簡単に見破られるとは、極めて遺憾です。


 そして、いまや佐倉先生は、この私の間近に立っています。


「いいかい、絶佳くん。明日はまず月刊トパーズの編集部へ寄ってから、私の家に来てくれたまえ。いやなに、用件は担当の斉藤君に聞けば分かるようになっとるからな。じゃあ、よろしく」


 などと、極めて一方的にまくし立てたが佐倉先生は、私に返事をする間も与えずに、しかも何事もなかったかのように去ってゆきました。

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