第35話非安地


――お前はもういらない


 辞めて。


――魔法使いは要らない


 辞めて!


――それでも同じ家族なのかしら


「辞めろッッッ!!」


 脳裏に響く悪魔の囁きに、ナナミは声を荒らげて飛び起きる。


「はぁ、はぁ……あぁぁぁぁぁぁッッッ!」


 うるさいうるさいうるさい!


 頭を横に降り、声から逃げようとするも、しつこくまとわりつくヘドロに、ナナミはパニックになりながら近くに置いてあった杖を振り回す。


「ちょっとナナミ! 落ち着きなさい!」


 いち早く対応したのは見張りをしていたルカ。

 それと同時に起きたのはリクとミルク。

 眠り眼を擦りながら、なんだ? とリクが声をかけたその時だった――



「うるせぇ……。うるせぇんだよぉぉぉッッッ! 全部……全部消えろぉぉぉぉぉッッッ!!」

「辞めなさいっ! ナナミっ!」

「ナナミさん!?」


 

 目の色を変え、口調も全てが転調したナナミは、杖を振り回すだけでは飽き足らず、魔法をも発動する。

 炎魔法で一瞬にして辺りを燃やし尽くすナナミの自我は、もう何処にも無くなっていた。


「おいおいおい! これ不味くねぇか! ……ってリン! 早く起きろ! ナナミがやべぇ!」


 二人共私の後ろに隠れて! と的確に指示を出すルカの言葉に、ミルクとリクは駆け出すが、


「おいリン! ……くっそがぁぁぁ!!!」


 未だに寝ているリンを放っておけない! と、リクは寝袋ごとリンを抱き抱え、ルカの元へ走る。


「リクくん後ろ!」

「ちょ! まじで――!」


 背後から感じるそれは冒険者じゃないリクでも感じ取れた。

 ジリジリと伝わる魔力に意識が飛びそうになる。

 少しずつ赤く輝く杖を魅入った次の瞬間、燃えたひまわりが現れ、一気に小部屋ルームの温度を急上昇させる。


「あれは……食料調達の時に使ってた……」


 そう言って口を引きつるミルクは、早く逃げて……と口を震わせる。

 【マッシュプラント】との戦闘時に見た炎魔法、クライシスフラワー。この場のリク以外が見た事のあるその魔法に、ミルクとルカは唾を飲み込む。


 刹那――


「ナナミ……やりすぎ……」

「リン!」


 花弁から火竜が現れるその直前、目を覚ましたリンは抱き抱えられたまま声をこぼす。

 聞く耳を持たないナナミがガムシャラに杖を振るう中、リンは寝袋から泉色の杖を出し、冷静に杖の先をナナミに向ける。


「はぁ……あんまり魔法使いたくないのに――永久とこしえの草原に広がれ、その魂の根源の元へ帰還せよ――小眠フリッグ

「う……」 


 リンの杖が黄緑色に淡く輝いた直後、意識を失う様にナナミは膝から崩れ落ち、それと同時に火竜も消滅していく。


「はぁ、せっかく溜まった魔力も今ので使っちゃった……」


 もう寝る。と、杖を寝袋にしまったリンは、私の役目は終了とばかりにそそくさと眠りについた。


「ありがとうございますありがとうございます! リン様最高! 危うく命を言葉通り燃やし尽くしてしまうところでありました!」


 自分の懐で眠るリンの寝顔を見ながら、リクはまじで死ぬとこだったぜ……と冷や汗を流す。


「リクくん大丈夫だった? 怪我してない?」

「あー大丈夫大丈夫、リン様のおかげでなぁ……。で、ルカさんや、これどゆこと?」

「私にも、分からない…………」


 本当に怪我してない? と体をぺたぺた触るミルクにドキドキしながらも、散々暴れた跡を残したナナミを見ながら、リクはルカに問いかける。

 小部屋ルームの至る所にクレーターが出来、モンスターにでも襲われたのかと思わせる程の状況に、流石のルカも顔を曇らせる。


「分からないけど……過去にも1回こんな事……。って、ごめんなさい2人共……もう長く話してる時間無いかも……」

「え?」

 

 それはずっと皆で見張って居た小部屋ルームに唯一ある出口。

 その先に繋がる小道ロードに転がるのは、



 燃え尽きたモンスターの死体――



「嘘……でしょ……」



 それは乾いたミルクの声。



――安地セーフティエリアの特性


 内部からモンスターを攻撃した場合安地セーフティエリアの場所が変わってしまう。



 それを教えてくれたミルクの言葉を時間差で思い出したリクは、背中を泡立たせることしか出来なかった――





『『ゲアァァァァァァッッッッッッ!!』』



 


 

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