第15話 浄火 エンドクレジット ver.F
ぼんやりと眺める対岸は、すでに宵の闇に溶けていた。ごうごうと鳴く渓谷の風さえ、どこか気の抜けた匂いがする。渓谷の際で吹き曝しになった簡素なベンチの上でぼんやりとそれを眺めながら、クラウンは不貞腐れたように足を抱えていた。
「忌語りって、そんな商売マジである?」
会って間もないアルヴィン・ストランドは、見目の年恰好が似ているせいか、最初からクラウンに馴れ馴れしかった。だが、物怖じしないところは互いに似ている。
「王様辺りに、あることないこと囁く仕事だからな。知られた商売でもないか」
帰還の歓待、尋問、その後なぜか撤収作業にまで駆り出されたクラウンは、いっそ渓谷の向こうの方がましだったか、などとぼんやり考えている。少なくとも後片付けはなかった。治療と修理で小屋に担ぎ込まれたシグルドとは顔も合わせていない。
「そしたら、クラウンの行き先は首都あたりか」
アルヴィンが呟いて考え込む。面倒くさがりで気の合った二人は、撤収の騒動も一段落したところで、人目を盗んでさっさと逃げて来たところだった。
「ここいらだとノルエッタか。やめときなって。あそこらは物価も高いし住民も猟兵に居丈高だ。何より生真面目な国軍が幅を利かせてる。窮屈なところだぞ」
「王都はたいていそうだろうよ。まあ面倒だが、約束もあるしな」
クラウンは
「伝手があるなら別だけど、あそこは余所者の往来が制限されているよ?」
ベンチの後ろからラーシュ・カッセルがやって来る。クラウンの傍で屈みこむと湯気の立つカップを手渡した。老若男女の区別なく大雑把な分隊の中で誰より気遣いのある男だ。ただクラウンの隣では、俺のはないのかとアルヴィンが彼を責めている。
「なくはないが、辿り着くまでが大変だな。大概、門前払いされるからなあ」
門前払いの辺りに、そうだろうなとカッセルとアルヴィンが揃って頷く。気が合うのか合わないのかよくわからない二人だ。クラウンは呆れながらカップを啜った。
「おまえら、撤収の準備は」
掠れた野太い声がする。イクセル・ネルソンまでやって来た。巨漢、禿頭、隻眼と厳つい要素を集めた男だ。実質、分隊を仕切っている。ただ、どうやらシグルドに甘い。ふとカッセルが思い出したように、クラウンとアルヴィンのベンチを指した。
「後はこの椅子だけですね」
「だそうだ。どけ、クラウン」
「あんた俺に厳しくないか?」
クラウンがカップから顔を上げて口許を顰める。ネルソンに物怖じしないのは流石だと、カッセルとアルヴィンは妙な感心をする。隊長と一緒にいられただけでなく、角を削って丸くした。どうやらその一点だけでクラウンは一目置かれているらしい。
「ああそれと、首都に行くなら顧問のベルタ・リンドブロムに聞け」
ネルソンが何気に言う。分隊の黒幕はマグナフォルツの首長家に連なる血筋らしい。クラウンがまじまじと見返したせいで、ネルソンはむっつりと口許を曲げた。
「でも先生に頼むなら何か面白いものを持って行かないと、以外と気難しいから」
「クラウンの身ひとつで十分に面白いと思うよ」
アルヴィンもカッセルも意外に口が悪い。
「ああ、それなら」
クラウンは思い出したように懐に手を突っ込んだ。
「あ痛」
声を上げて指先を咥える。うっかり指を突いた鏡のような鋭い棒切れを恨めしげに眺め、クラウンはそれを懐に仕舞い直した。改めて底の方を弄り、拳ほどある金属塊を取り出して見せる。皆も見慣れたはずのそれは、微妙に仕様が異なっていた。
「何だそれ、炉心殻か」
「自律型は金になるって聞いたから巨人の倉庫から拾って来たのだ。あんたらの隊長が、これがあればひと財産に、ってどうした?」
皆がぽかんとクラウンの手元を見つめている。
「おまえ」
「本物なら確かに価値はありますが」
「いや、いや、そんなものを見せたら軍に捕まっちまうぞ」
「マジか」
クラウンが呆然とする。
「シグルドのやつ俺を騙したな」
「人聞きの悪いことを言うな」
背中に抗議の声がした。クラウンの聞いたことのない声だった。振り返ると、フリーダ・ハスロとヴィヴィ・ヤンソン、そして女がもう一人が連れ立ってやって来る。
二人の真ん中にいるのは十代も半ば頃の美しい少女だった。淡い黄金の髪と菫色の瞳、肌の色が透き通るほど白い。クラウンが訝し気に眺めるも、少女は何故か俯き加減にずっとクラウンを睨んでいる。こちらに辿り着いてから見掛けた覚えがない。
「誰?」
クラウンがアルヴィンに問うと、全員が一様に天を仰いで呻いた。少女はますますクラウンを睨む。本人だけがわからない。助けを求めてきょとんと皆を見回した。
漂う空気によく見れば、少女は右腕、左脚にだけ軽甲冑を纏っている。クラウンはぽかんと口を開けて、共に
「シグルド?」
「うるさい、だまれ、何も言うな」
ベアトリス・カルネウスは遮るようにそう言って、つんとそっぽを向く。間の抜けたクラウンを横目でこっそり睨み、やっと驚かせてやったと小さく微笑んだ。
傍のヴィヴィとフリーダは驚いたように顔を見合わせ、そんな彼女の年相応の、もしかしたら少しだけ大人になったそれを見て、安堵のような寂しいような、少し複雑な笑みを浮かべるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます