前夜祭前夜

 という流行語は、この学園から生まれたんだよ。創造主養成学園を出たら、創造主候補生になるのだけど、何百年経っても創造主になれない落ちこぼれは、

『ま、養成学園の先生になるないか……』

と、幾分の諦念ていねんと少々の反骨精神をとがらせたつぶやきをふっとらしてから、赴任するのだとか。そんなことを教えてくれたのも、ついこの前やってきた新任の先生だった。

「おい、君……なんの準備をしてるんだ?」

 挨拶もそこそこに先生はぼくにたずねてきた。

「ええと、前夜祭の準備です……」

 ぼくが答えると、すかさずこう切り返してきたのさ。

「それは……一体、なんの前夜祭だ?」

「ええと……? なんの、といわれても……」

「すこぶるシンプルな質問だろ? 前夜祭というからには、本祭りというのか、○○祭とかがあって、その“ 前夜 ”ということだろう?」

「え? まるまる祭?」

「いや、だ、か、ら、マルマルでもペケペケでも、サンカクサンカクでもいいんだ、そもそも大きなイベントの前にやるのが、前夜祭だろ? だから、それが何なのか教えてくれ」

「……うーん、よく、わからないんです。いつもやってるんです……だから、本祭りなんか、ないんです。ただの前夜祭、なんです。それだけやれば、あとはないんです」

 

 ぼくにはそう答えることしかできない。これまでずっとそうやってきたのだから、疑いを差しはさむ余地はないのだ。そんなぼくの胸のうちをお見通し……の先生は大きなため息をつくと、

「ここにお座り」

と、低声こごえでつぶやいた。

「ねえ、君……これまで疑問を持ったことは一度もないのかい? これはおかしい、とか、これは論理的じゃないとか……いろいろあるだろ?」

「あ! ……でも、園長先生の口癖は『創造主には論理なんからない』『まずカイよりハジメよ!』なんです」

「おや、いま君が言ったカイってのは、あの中途半端で知られている破壊神候補生のことか?」

「……はい、先生はカイ様をご存知なんですか?」

「あたりまえだ……同窓生だよ。同じ時にこの学園を修了し、創造主候補生になってから別れたきりだな」

「ひゃあ、そうだったんですね」

「あいつ、その頃から、なんでもかんでも破壊しまくってたからなあ……『とりあえず壊せ! 壊してのち、創造せよ!』と叫んでいたっけ……。なるほど、『カイよりハジメよ!』とは、こりゃあ、また、変な意味で、趣きとおかしみがあるな。……なにしろ、ハジメの奴は、カイと違って、コツコツ型なんだ、慎重に慎重に、失敗をしないよう、積み木を崩さないようにやっていく……ま、一言でいえば、冒険ができないんだ……それが今じゃどうだ、この学園の園長先生だからな」


 なるほど園長先生の性向せいこうをズバリと指摘したこの先生は、さすがに鋭いと感嘆した。このときぼくのなかに芽ばえたこの新任の先生に対する畏敬いけいの念というものは、それから長くせることはなく、しばらくして先生がぼくの担当専任に選ばれたとき、ぼくの神生(註︰人生のこと)はガラリと変わるのではという嬉しい予感に打ち震えたのである……。

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