準決勝 2
「ヴィクターさん。大丈夫ですか?」
1時間くらいの説明とリハーサルが終わり、俺たちは控室に戻ってきた。だけど、俺はその一切を覚えていない。いや、初めから耳に入りすらしていなかった。それほど、あの一瞬で俺の精神はぐちゃぐちゃに踏み荒らされてしまった。
心配したニシが、俺をソファーまで連れて行ってくれて、机に置いてあった、お茶差し出してくれた。
「なんなんですか! あいつら!」
「お前がヒートアップしてどうするんだよ」
俺の代わりに怒ってくれている、タイガを控えめなトーンでニシが落ち着かせようとしている。
「だって、あまりにも失礼なこと言うから!」
自分のことじゃないのに、こんなにも怒りをあらわにしてくれるのか。テツとニシも冷静ではいるものの、きちんと俺を守ろうとしてくれた。誰かに守ってもらうことが、こんなにも心嬉しいことだとを、知らなかった。
「だからって、お前が前に出てもしょうがないだろ」
「そうだぞ。説明を受けている時もちょこちょこ横目で見てただろ」
「そんなことしてたのかよ? そんな事したって意味ないだろ」
ニシの言う通りで、逆にあいつらは気分がよかっただろう。思い通りの反応をしてくれて。しかしタイガが、以外にも強気な態度を取り続けていたことに驚いた。
「こういう時の対処は、さすがおっさんのニシだ。手慣れてやがる」
少しでも、雰囲気を明るくさせようとして、いつものニシいじりをする。
「おっさんは余計だけど、今はお前の言うことは正しいよ」
テツもニシも凄い大人の対応をしていた。本当に頼りに頼りになる存在だ。本来は、それは俺がすべきことのはずだった。俺が変に反応して、弱気になってしまったから、あいつらを調子に乗らせてしまった。
「きっと数々の経験があるのだろう」
「ねーよ」
このいつもの雰囲気が、今は傷ついた心にしみてくる。安心感を感じられる、大事な場所だ。戻ってきて、4人だけの空間にいることで、少し落ち着いてきた。
「ヴィクターさん。あいつら誰ですか?」
タイガが俺の隣に座りながら、そう聞く。
「あいつらの言ってた通り、元チームメイトだよ。俺の最後の大会の時に、入ってたチームの」
「ということは、試合に出ないで逃げたゴミ野郎か?」
ここにきて、ようやくテツが敵意抜出で、強い言葉を使った。俺が少し落ち着いたのを見て、ようやく、自分の番だと思ったのだろう。急に、豹変して少し驚いてしまった。普段から冗談を言っているテツではあるが、こんなにもストレートに、人のことを悪く言っているのは聞いたことが無い。
「あ! こいつらか! KARUMとショーター」
タイガが、公式配信と過去切り抜きを見比べて見つけ出していた。
あいつらは、あの後もずっと色んなチームを転々として、プロゲーマーを続けていたようだ。
恐らく、あの時俺の結果で、一気にチーム自体の知名度が上がったのだろう。それにチームメイトだったとなれば、余計に注目される。俺が消えたことで、自分達の都合のいいように話を、捻じ曲げたんだろうなと予想がつく。
あそこまでゲームに真摯じゃない、プロゲーマーなんて、俺は他に知らない。
だけど知名度だけが欲しいチームなんていくらでもある。そういった企業には都合が良かったのだろ
う。だから、ずっとネット界隈に居座りながら、一度も名前を変えずに来たのだろうな。
「俺のことを知っててもあいつらのことを知らなかっただろ? そう言うことだよ」
タイガがこんなにも俺のことを慕って、色々調べてくれていたのにも関わらず、知らないのだから、本当にその程度の人間だ。
俺が、フォージに参戦することをSNS発表したとき多少話題になったが、あいつらがここまで勝ち上がってきても、過去のことを掘り返す人は誰もいなかった。
そう考えると、少し笑えてくるな。
本来であれば、伝説を残したチームが2年の時を経て、別ゲーで別チームとして戦うかもしれないという、ドラマ的展開なのに。それを知っているのは、当人達だけなんだからな。
「大したことないやつらってことですね」
そのとおり。2年間大した結果も残せていない連中だ。俺の中でもそう割り切れていればよかったのだが。
「先に言ってくれれば、対処のしようもあったのに」
とは言っても、これは全部俺だけの問題だ。
よし、もう大丈夫だ。
「ありがとう。かばってくれて」
ようやくお礼を言えた。
「「「「当たり前ですよ!」」」
3人が声が揃う。
大丈夫、大丈夫。今の俺には皆がいる。3人がいる。
明日が本番だ。明日で全てが決まる。この4人でやってきたことの、結果が出るのだ。ここで、俺一人が不調でいるわけにはいかない。
「よし! 練習しようか」
「はい!」
タイガが元気よく俺の声に反応する。
俺は、ソファーから立ち上がり、パソコンに向かう。さっきまでおぼつかない足取りが、今ではきちんと前に歩ける。俺は、俺たちは勝つために、ここに来たんだ。
「明日、日本一になるために、最後まで出来ることをやろうか!」
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