強くなりたい、その想い 5
それをひたすら繰り返すこと、2時間がたった。
時折、スケッチブックに書き込む為に立ち止まったりもしていたが、左手はひたすらキーボード入力で、キャラを動かし続けてたため手が疲れてきた。
「この辺にしておくか」
俺がテツにそう投げかける。はじめよりもだいぶ慣れてきたようで、最後の方は中距離の的に全弾、俺に全弾当てられるまでになっていた。
さらに、俺を撃つときは自身も動いたり、スライディングしたりと様々な場面を予想して、工夫も取り入れていた。ただ、作業のようにやっているだけでは、上手くなることは難しい。だけど、人に言われたことでもきちんと、自分で考えながら出来ることは大事なことだ。
「あ、だいぶ経ってましたね」
こんな長い間集中し続けられるなんて、凄いな。
「これ、かなり練習になりますよ。だいぶ感覚がつかめてきたような気がします」
「あとは、これを頭で考えないで、無意識に出来るようにならないとね」
そうすることで、戦闘中でも違うことに頭の容量を避ける。次のムーブや敵の移動位置の予想など、フォージは実際に銃を撃つよりも大事なことがかなり多いゲームで、それが出来ている量に比例して、勝率も上がっていく。
「じゃあ、いったん止めにして、また俺の方に来て。準々決勝のアーカイブを見て、反省会しようか」
「了解です」
ノックがしたのと同時にテツが入ってくる。ガラガラいっているから何かと思ったら、自分の部屋の椅子をこっちに持ってきたらしい。
「テツってこの間の試合配信してた?」
俺の横に椅子を持ってきて、それに座りながらそう言う。
「はいやってましたよ」
「じゃあ、ちょうどよかった」
最初は、公式配信のアーカイブを見ようと思っていたが、それだとかなりやりづらいと思っていたので、よかった。該当しているシーンが見れないのでは、全く意味がない。こういった点では、あとからすぐに自分たちのプレイを見返せるのはからいいよな。
俺は、テツの配信のアーカイブを再生する。
「俺もちょっと見てきたんだけど、先にここ聞きたいみたいなところってある?」
「そうですね、1試合目に俺がダウンしたところとかは、特にですけど。今回の俺はマジでダメダメだったんで、ほとんど見返したいくらいですね」
今回はどちらかと言えば、難しい選択をし続け、結果悪い方に転がった感じだから、一概にダメダメだったとは言いずらいとは思う。
「テツの言いたいことは、分かるよ。だけど、そこまで悪くは無かったと思うけどな」
常に、完璧な判断はできないし、どんなにその時、最善だと思う行動をしたとしても、ひっくり返せない場面はある。
だからこそ、チームがお互いを助け合い必要がある。今までずっとテツが助ける側だったのだから、今回はタイガとニシに助けられた。それだけのことだ。
「テツってもしかして、ダウンすることが悪いことだと思ってる?」
「え……? 違うんですか?」
一瞬何を言っているんですか? と言わんばかりの顔を向けられた。
そうか、ようやくわかった。
「あのね、フォージみたいなゲームは、死んでもいいんだよ。一回死んだら終わりのゲームじゃないんだから」
それぞれの役割があって、なおかつリスポーンもできるゲームで、死ぬことを恐れていては、何もできない。それは、チームの勝ちにつながらないことだ。
「はい」
さっきは、一瞬ポカーンとした顔を見せていたが、今は普段からは想像できないほどに真面目な顔をしている。
きちんと俺の言うことを吸収しようとしているようだ。
「もちろん、なにもせず死んだら、ダメだ。だけど、死ぬ前後でチームが勝つためになにが出来たかが、重要なんだ」
確かに、俺はフォージ以外にも色んなタイトルのゲームをやってきた。だけど、テツがゲームを始めたのは、砲丸投げを辞めたあと。俺やタイガから比べれば、物凄く短い期間になる。
「多分、テツは、自分が一番ダウン回数が多いことを気にしてるんじゃない?」
俺にとっては当たり前なことでも、テツにとってはそうでは無かったんだ。
「正解です。ダウンするのは弱い証拠だと思ってました」
「俺は、盾職だし、ニシは後方。この2人は、ほとんど死ぬことがない。というか、前線にいるテツとタイガが突破されて初めて、俺たちの所にたどりつくんだよ。だから、自然と二人よりはダウン数が少なくなるのは当然」
「でも、そうなるとタイガよりも圧倒的に多いですよ」
「タイガはもともと、1対1n戦闘がめちゃくちゃ強いから。あれはフォージで鍛えられた力じゃなくて、別ゲーの経験が生きてるんだと思う」
FPSの経験値は、詰んでいれば詰んでいるだけ、役に立つ。他のゲームでも応用できることが多いからだ。恐らくタイガはここ数年間、貯めに貯めたものがあるのだろう。
「じゃあ、やっぱり俺は弱いからダウンするってことですよね?」
「違う、そうじゃない。タイガの援護をすることで、タイガの目の前の敵は死ぬでしょ? タイガとテツの射線があるところに、バカみたいに突っ込んでくる奴はそうはいない。だから、テツが狙われるってことなんだよ」
考えればなにも、不思議なことではない。一人やられたら、一人やり返したいと思うのが普通のことだ。だから、位置が分かっていて、孤立している奴を狙う。当然の戦法だ。
「そんなこと、今まで考えもしなかったですよ。てっきり、俺が弱くて判断が遅いからだとばかり」
これが最善手をとってもひっくり返せない場面だ。だけど、きちんと自分の仕事をこなしてからのことだから、なんも問題でもないのだ。
テツも理解できたようで、これからは変に落ち込んだりすることも無いだろう。
すると、俺とテツが同じ部屋にいるのにも関わらず、ドアからノックの音が聞こえてきた。
二人して振り返ると、ゆっくりとドアが空いた。
「練習中にすみませんね」
そこにいたのは店長さんだった。
「おっちゃんどうした?」
「いえ、私もそろそろ上がりの時間でして」
俺の頭の中からすっかり抜けていることだった。俺たちはゲームをするのが仕事みたいなものだが、この人はここを経営することが仕事だ。もちろん勤務時間を過ぎれば家に帰る。そんな当たり前のことを忘れていた。
自分が帰るからって、わざわざ挨拶に来てくれるなんて。律儀な方だなと改めて感じた。
「そこでなんですけど、食事とかってどうする予定ですか?」
まだちょっと早いが、そろそろ夕食の時間だ。普段はちゃんと時間をとっても食べるというより、練習や研究の空き時間で食べることが多い。それこそ、外食をしない限り、食事中であれパソコンの前だ。
「決めてないけど、近くのコンビニかどっか食べに行く感じだと思うよ」
特に話をしていたわけではないが、俺もそのつもりでいた。
「じゃあ、ちょうどよかった。うちは食事や飲み物なんか提供してるので、もしよろしければと思いまして」
そういえば、パソコンの横にメニュー表が挟まっていたような気がする。
「じゃあ、買いに行くのも面倒くさいから、ここで食っちゃいますか?」
テツからそう提案される。確かに、ここで食べればこのままアーカイブ
を見ることも出来るし、この後のチーム練習にも支障がなさそうだ。
「そうだね。そうするか」
そう言って俺は、自分のパソコンの横に置いてある、メニュー表に手を伸ばす。種類も豊富のようで、何にしようかな?
「それも全部お金はいいので、遠慮なく。」
「「え?」」
俺とテツの声がかぶる。
そんなに良くしてもらっていいのか? 俺達はただゲームをしてるだけだぞ。
応援をしてもらうことは、物凄くありがたいことだが、それでも流石に気が引ける。
「いやいや、おっちゃんそれは流石に悪いよ」
テツも俺と同じのようだ。
「いえいえ、自分が応援している選手が、自分の店で努力している姿を見てしまったら、出来る限りの支援をしたいと思うのが、当然ですよ」
色々してもらって、申し訳無い気持ちが、むず痒い気持でいっぱいになった。照れくさいといえばいいのだろうか? ネットのコメントでは応援メッセージを頂くが、直接言われることは今までなかった。
こんなにも、自分たちのことを応援してくれる人が、いることを改めて理解した。
「なにからなにまで、ありがとうございます」
なんだか、ご厚意に甘えるのが一番のお礼なような気がした。
「おっちゃありがとうな! 今度はチーム全員で来るよ」
感謝の気持ちを伝えるのは、言葉ではなく、勝つことだと強く思う。
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