予選開始 1

「さすがに、緊張するな」


 今は予選当日の朝10時だ。後2時間後には、試合が開始される。思い返せば、あっという間だった。ゲームを再び始めたのだって、つい半年前くらいなのに。

 そこからタイガ達にあって、まさか競技に戻ってくるとは思ってもいなかった。こんな短期間で環境も志も激変することなんて、なかなかない事だろう。


「お前は、一番場慣れしているだろ」


 ニシが、テツに対して、ごもっともなことを言う。仮にも、砲丸投げで日本一を取ったことのある人間が、いわば地区予選程度で緊張するなんて。


「いや、そんなことねーよ。手ブルブルだぞ」


「今からそんなんでどうすんだよ」


 ニシは冷静を装っているが、本当は違う。いつもなら、テツが一番乗りだが今日に限っては誰よりも先に、チャットルームに入り、ずっとフォージのプレイしていたのは、ニシだった。


「ニシは緊張していないのか? ちなみに俺は緊張している」


 ニシをからかうために、冗談ぽっく言っているが、本当のことだ。ただそれと同時に、感情が高ぶってくる高揚感を感じる。


「ちょっとヴィクターさんまで、なに言ってるんですか?」


「いや、やっぱり久々だしね。一回負けたら終わりって、冷静に考えるとめっちゃ怖いね」


 あの時のゲームは、5回やっての総合スコアだったので、前半調子が良くなくても、後半で取り返すこともできた。だけど、フォージは予選は2本先取の為、最高でも3ラウンドしかない。しかも、ラウンドごとの合間時間も少ないため、勢いが大事になる。最初にコケると持ち直す時間もなく終わってしまうからだ。


「ヴィクターさんですら、緊張するんだから俺らが緊張するのだって無理はないよな」


「僕は、なんか逆に冷静ですね」


「意外だなタイガ。お前は試合始まって集中しきるまでは、わたわたしてるもんだと思ってたよ」


 俺もテツと同意見だった。タイガはここぞという場面では、頼りになるし一気に顔が変わる。一方で普段のタイガは、この4人の中では最年少ということもあってか、年相応よりも、幼い印象を受けることが多い。


「なんというか、昨日からずっと最高潮の状態でいるみたいな感じなんですね」


 ん? 昨日から? 


「・・・・タイガ。一つ聞いていいか?」


 俺が感じた疑問に、ニシも気が付いたようだ。


「ん? なに?」


「昨日は、9時には終わらせてゆっくり休んで明日を迎えようって話をしたよな」


「うん」


「お前は昨日何時に寝て、今日何時に起きた?」


「えっとね。何時にも寝てないし、何時にも起きてない」


 それは、つまり・・・・。


「お前! それ、最高の状態じゃなくて、ただ寝不足で頭まわってないだけじゃねーかよ!」


 話の流れを理解したテツが、吹きだした。いつもいい加減で適当なことばかり言っているのに、今だけはまともな突っ込みを入れている。


「大丈夫だよ。さっきからずっと射撃場いるけど、めっちゃAIMいいよ。的もいっぱい見えるし」


「全然大丈夫じゃねーよ!」


 これはさすがに、乗っかって冗談を言っていると信じたい。そんな状態じゃまともに戦うどころの話じゃない。


「完全に舞い上がってんじゃねーか!」


「お前は、今すぐゲーム止めて、目を閉じて少しでも休んでろ」


「はーい」


 普段はテツ以外には、強い口調で物を言わないニシが、今ばかりは違った。

 4人にとって、今日という日が特別だということは分かっているが、少し危うさを感じている。


「待ちに待った時だっていうのは分かるけど、今からそんなんじゃ持たねーぞ」


 そんなテツも、「少し心を落ち着かせるわ」と言って、いつも通り筋トレを始めた。


「そういえば、当初の予定だったら、予選は16チームまで絞るって言ってたけど、参加チームが多いから、32までになったらしいな」


「それって、つまり残りやすくなったてこと?」


 筋トレを始めたからといっても、無線イヤフォンに変えて、いつでも会話に参加できるようにしているようだ。


「いや、どうだろうな? 結局勝たなければいけない回数は一緒だし。なんなら、決勝リーグでの対戦回数が増えたから、日程も一日増えたしな」


「間違いなく、楽ではないってことですね」


 自ら茨の道に進むことを、決めた俺たちからしたら、なおのことだ。


「みんな、少し浮足立ってない? 緊張することは良いことだけど、ちょっと悪い流れを感じるよ」


 実際にゲームの大会を経験しているのは俺だけだ。だけど、だからといってそれが大きく周りと差をつける物でもない。本気の人間がどれほどの力を見せられるかを、俺たちは知っているからだ。

 プレイしているゲームの大会が開かれるから、じゃあ出てみようっていう軽いノリで俺たちはここにいない。


 俺たちは勝つためにここに来ている。

 本気で世界を目指し、ゲームで日本を沸かせようと本気で思ってここにいる。


 その準備もしっかりしてきた。

 後は結果で示すだけだ。


「俺たちなら勝てるよ。絶対に」


 その第一歩が今日だ。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る