コロナ禍にて。登校拒否と、療育と。

佐倉 紫

1月 まだそこまでは

2020年1月8日(水)

【2020年1月8日】


「行ってらっしゃ~い」


 ブロロ……と遠ざかる幼稚園バスを見送って、はぁ~と思わずため息が出る。ついでに笑顔も。ようやく冬休みが終わって、今日は幼稚園の始業式だ。


(夏休みに比べりゃ、そりゃあ短い期間だったし、預かり保育も使ったとはいえ、やっぱり家に子供がいない状態は羽を伸ばせるわ)


 まだ寒い中、コートの襟元をかき合わせながら家まで帰る。園バスの停車場から家までは50メートル。短い距離とは言え、この距離とたかだか五分の待ち時間でさえ、冬のただ中では苦行だ。


(いくら雪が降らない地域ったってね。寒いもんは寒いのよ)


 玄関扉をバタンと閉めて、ようやく家に入って。朝につけたエアコンがまだつけっぱなしの室内は、包み込むような温かさで、ついぬくぬくしてしまう。


「洗濯物はちょっと後回しにして、のんびるするかね」


 新学期のおかげでこっちの気も緩んでいる。テレビのチャンネルを教育番組からニュースに代えて、横目に見つつ洗濯物を干したり洗い物をしたり……そして、ネットを開いて国内の豪華客船のサイトを見て回った。


(次の話は豪華客船を舞台にしたロマンスにしたいのよね~)


 幼稚園の年長の娘、年少の息子を持つ主婦のわたしだが、ありがたいことに大人向けの恋愛小説作家として、ここ数年お仕事をいただいている。

 澄み渡った大海原を渡る真っ白な豪華客船……そこでくり広げられるちょっと大人の香りがするラブロマンス……最高じゃないか。


「しかし海外の船はすごすぎてちょっと参考にならないわ。時代的にもモデルはタイタニック号あたりがいいからなぁ」


 タイタニックの資料をあさり、ついでに有名なアメリカの映画も見つつ、現代のテイストも入れたいと思って、あれこれ豪華客船の資料を探す。


「ダイヤモンド・プリンセスかぁ。これも本当に大きい船だな」


 日本の豪華客船の中でも世界中を回る客船……サイトを見るだけでも心がわくわくする。

 おまけにこの令和の時代、実際に乗船したことのある人々が、館内の様子を撮影して動画サイトに上げていたりもする。それを見るだけでもテンションは上がるばかりだ。


「わあ~広い~。部屋に入ってすぐにお酒とお菓子が置いてあるって。すでにラグジュアリーすぎる。別世界だわ~」


 だが、この別世界を楽しんで書いていけるのが小説のいいところだ。参考となるサイトや動画をピックアップしながら、実際にどういう設備や催しを作中に落とそうか、構想を練っていく。

 画像に写る真っ青な大海原と、ダイヤモンド・プリンセスの真っ白な船体は、見ているだけで心を躍らされるものだった。


 ――まさかこの一ヶ月後、このダイヤモンド・プリンセスに乗船していた人々のあいだで新型ウィルスが流行って、わたしたちの生活にじわじわと『コロナ』という名前が染み込んでいくとは、思ってもいなかった。

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