第16話
蓮は数ヶ月ぶりに帰ってきた。
「入るぞ」
アイビーは蓮の手を引きながら事務所に入る。
「蓮、おかえり」
柴さんは優しく迎えてくれた、隅の椅子に小さく座りながら。しかし、蓮は柴さんの顔を見る事も返事をする事も出来なかった。
蓮は所長が使っていた部屋に入った。
すると、そこにあった所長の机には花が添えられていた。
(本当に死んじゃったんだ‥‥)
もう涙は枯れていたが、蓮の顔が歪むとカピカピの頬が突っ張った。
蓮が所長の机の前に佇んでいると、アイビーが何かを渡してきた。
「遺書だと思う」
そう言いながら受け取った封筒の中には紙が入っており何故か汚れておりシワシワで、開くと震えた字で書いてあった。
『蓮へ
俺の事が憎いだろうけど、俺はお前の親になれた事を嬉しく思う。自分勝手で許されない事をした父だけど、嘘つきの父だけど、お前の事は心から愛してる。もう一緒に飯食いに行ったりお前をからかったりする事は出来ないけど、わがままを言うと最後に抱きしめたかった』
そこには写真も一緒に入っていた。
蓮が中学校の入学式の日に所長と撮った唯一の写真だった。
むせび泣く蓮の声だけが事務所に響いた。
「蓮‥‥」
アイビーが蓮に声をかけようとするも柴さんに止められる。
「そっとしといてやろぅ」
「はい」
アイビーと柴さんは蓮を残したまま事務所を後にする。
放心状態で床に座り込んでいた蓮。
(‥‥なんで俺だけ生きてんだろ)
むくっと起き上がると、事務所を出てゆっくりどこかへと歩き出す蓮。震える手と足で向かったのは、あの男のアパートだった。
「蓮!どこ行ってたの?急にいなくなったから心配したよ!」
アパートに入ると男は心底心配していたような素振りを見せた。
「苦しいよ‥‥悲しいよ‥‥楽になりたい」
玄関で立ったまま男に助けを求める蓮。
「そっか、大丈夫だよ。よく帰って来たね」
男はそう言うと蓮の肩を抱き、ベットに座らせた。そして、その日から蓮はまた前の生活に戻っていた。
その頃アイビーは蓮が居なくなった事に気づいて焦っていたが、目星は付いていた。
「蓮!なにやってんだよ!」
数日後アイビーは街にいた蓮を見つけていた。
「アイビー‥‥」
「お前のやってる事は犯罪だからな」
「何の事?」
「とぼけるなよ、お前薬やってんだろ」
「俺の気も知らないくせに‥!」
蓮は気も短くなっていた。
「お前の事守りてんだよ、分かってくれよ‥‥」
アイビーはすっかり憔悴しきっていた。
「もう疲れたんだよ。一人じゃ重すぎるよ、こんな俺には無理だよ」
「無理じゃない、辛いのは今だけだ、時間が経てば昔になるって言っただろ。今を乗り越えないと一生辛いままだぞ」
「無理だよ‥‥」
膝から崩れ落ちるように泣いてしまう蓮。
「人ですらなくなるぞ?まだ間に合うから」
「怖いんだよ」
「ついててやるから、ずっと」
アイビーはそう言うと蓮を強く抱きしめた。
「涙枯れちゃったみたい」
そう言うと蓮はアイビーの腕の中で眠ってしまった。
「絶対大丈夫だから」
アイビーは蓮を抱え、大通りまで出るとタクシーを捕まえて家まで連れて帰った。
ベットに蓮を寝かせると、アイビーはどこかに電話をかける。
「もしもし、お久しぶりです。ちょっと相談があるんですけどーー」
(頭いてぇ‥‥どのくらい寝てたんだろ)
酷い頭痛で目を覚ます蓮。
「起きたか」
アイビーは蓮がどこも行かないように一時も離れなかった。そして、蓮にこう言った。
「ちょっとついて来て欲しい所がある」
「どこ?」
「何も聞かないでほしい」
「分かった。アイビーの言う通りにする」
二人は軽く朝食を済ませて家を出た。
電車とバスを乗り継ぎ、周りが田んぼだけの所に着く。蓮は何も聞かない。
山の中を歩き途中大きなフェンスがあり、そこには誰かが立っており、アイビーと話をしている。その人が扉を開けて、そこを抜け、しばらく歩いていると建物が見えてきた。
(老人ホーム?)
蓮はそんな事を考えながら着いていくと、建物の玄関には中年の男性が立っていた。
「待ってたよ、よく来たね」
男性は目を細め微笑んでいる。
「こんにちは」
アイビーが言う。
蓮はキョトンとしている。
「この子?」
「はい、まだ何も言ってないですけど」
「そっか、とりあえず入って」
男性に案内され、蓮とアイビーは中に入る。待合室のような部屋に通され椅子に座る。
「ここがどこだか分かるかい?」
男性が蓮に聞いた。
「老人ホームですか?」
「まぁ元々はそうだったんだけど、今は違うよ。ここはね、未成年の子が薬物を止める為に来る所なんだ」
「えっ‥‥」
蓮は驚いていた。
「お前当分鏡見てないだろ。ひどい顔だぞ」
蓮はひどく痩せ細っており、目の周りも黒く、誰が見てもおかしいと思うくらいだった。
「そんなにひどいんだ‥‥」
「時々会いに来るから、しばらくはここで生活してほしい。これはお前のためだから」
「分かった‥‥必ず来てよ」
「必ず来るから」
こうして蓮はこの施設で生活する事になった。
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