卒業
飛辺基之(とべ もとゆき)
翠は幼い頃からの同級生だ
中三の時だ。
親父と上手くいってなかった。俺は音楽に進みたかった。しかし親父はもっと手堅い職に進めと言う。言い返すのだが、親父は聞く耳持たない。お前の為なんだと恫喝してくる。
ため息まじりだが、親父の頑固な支配に抵抗していた。
※※※※※
秋の気配の頃に、小学校の時からの同級生の
「
と聞いてきた。
彼女とは同じクラスになった事は無いが、まぁ小さな頃から見てきた顔だ。
「そうだよ」
答えると翠は小さく笑った。
俺が誕生日の日のことだ。クラスに着くと机にオレンジジュースが置いてある。手紙が添えられていた。翠からだ。
『誕生日おめでとう。仲良くしてね(おひつじ座だよぉ)』
ただ、その一言が書いてあった。
※※※※※
親父とはいよいよ良くない。頑固な親父と、遂に大戦争を起こした。学校への登校を拒否する。
毎日出歩き、夜に開かれるライブハウスのライブに入り浸った。
親父はしばらく黙っていた。しかし逆襲に転じる。
ライブハウスでバンドを見ていると、不意に肩を掴まれた。親父の鉄拳が飛んでくる。まだ中三だろ、と、家に帰された。
親父に連れられて、不貞腐れてライブハウスを後にした。
※※※※※
翌日から、また学校の日々が始まった。
そんなブランクがあってだ。久しぶりの学校で、俺はいちいち身の回りの変化に気づいてない。だから、翠を見かけない事も気づいてなかった。
季節は卒業だ。教務の先生が「高校行くよね」とまとわりついてくる。
「そんな意思はさらさらございません」
とも言いづらい。
とりあえず教務の先生と相談し、妥協の上で決めた高校に受かり、無事卒業になった。
※※※※※
高校への準備だ。みんなそれぞれの用事でクラスに集まる日も少なくなる。そして、卒業式になる。
俺は別段不都合もなく卒業証書を受け取った。
帰りに卒業アルバムを渡される。そのアルバムをカバンにしまい、帰宅した。
別にかえりみる思い出も無いが、午後の食事を済ませてからアルバムをパラパラめくる。代わり映えの無いクラスメイトが並ぶ。
そして翠の写真があった。翠は他の生徒とは違い、アルバム用の写真ではなく、日常の私服の写真が載っていた。
スマホをとった。クラスメイトだった瑛理子にメッセージを送る。何回かやり取りする。
瑛理子から、翠の話を聞かされた。急性白血病だったらしい。処置の甲斐はなかったという事だった。
そうだったな。
そういえば翠は病弱だったのだ。昔、廊下で突然鼻血を流し、先生に助けられていた翠を見た記憶もある。
卒業アルバムの、その翠の写真だけ、黒い枠で縁取られていた。
笑顔がどことなく悲しげに見える。翠は一人で闘っていたのだ。
そうか。そういうことだったのか。
もう一回頷く。
あの日、翠がくれたオレンジジュース。添えられた手紙。一言。おひつじ座だよぉ。
今、ちょうど飲んでいた、翠がくれたのと同じオレンジジュースを飲み干した。
ライブハウスで聴いた歌の歌詞が、心をよぎる。
━━君は何処にいるの
卒業 飛辺基之(とべ もとゆき) @Mototobe
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