第31話 北風系ヤンデレと重い想い2

「コロしてやる......。幸せそうなやつは......みんな、不幸になれ......っ!」


本当に突然のことだった。



5月も末に差し掛かった学校からの帰り道。

彩咲の家に近づいてもう少しで帰宅というところだった。


まだまだ明るい中だったけど、人気の少ない道で、そのおじさんは現れた。


死んだような昏い目で、その表情は人生への諦めと幸せな人に向けた憎悪が綯い交ぜになって浮かんでいるように見えた。



「なっ、なんですか!?」


「ピーチク騒ぐんじゃねぇ! なんでもいいんだよ!」



鈍く輝く抜き身の出刃包丁を携えて、要燎を得ないことを怒鳴ったり、ぶつぶつと呟きながら、ゆらりゆらりとこちらに近づいてくるその姿に、彩咲の腰は完全に抜けてへたり込んでしまっていた。



「や、やめて......来ないで......」


「おらぁっ! ねや!」


腰を抜かした彩咲の目の前まで来て包丁を振りかぶって叫ぶおじさんに、手で防御するような姿勢になってぎゅっと目を閉じた。




「があっ!?」


「あん!?」


「うぉおおおらぁっ!」


ドガッ!


「うっ......」


「はぁっ、はぁっ、はぁっ......」



そんな物騒な声と音がして、数秒しても彩咲の身体には何の影響もない。


おそるおそる目を開けてみると、頭を押さえるようにうずくまっている見覚えのある男の子の背中と、タックルされたように仰向けに倒れて気絶しているさっきのおじさんが視界に入った。



「そ、空鷲そらわし......くん?」


「............ぐっ......。織女おりめさん、怪我はない......?」


「う、うん......。彩咲は大丈夫......」


「そっか。それならよかったよ。それじゃあ」



なぁくんは膝をついて方で息をしながら彩咲に背を向けたまま、そんなふうに彩咲のことを気遣う言葉をかけてくれたっけ。


それからこっちは向いてくれないまま、端末を取り出して電話をかけだした。


「もしもし、警察ですか? 通り魔がでて、なんとか撃退、気絶させました。場所は......」


どうやら警察に連絡しているらしく、場所の情報だとか状況を的確に伝えていた。



その時は、漠然とすごいと思った。

彩咲はその間も情けなく腰を抜かしたまま、状況の把握もままならず、一歩も動けないままだったのに、なぁくんは冷静に対処していたから。



だけど、電話を切って振り返ったなぁくんの顔を見て恐怖した。

おでこから左目の下にかけて大きく切られたように大量の血を流していた。


なのに、彩咲の方をみてにっこりと優しく微笑んで、「ぎりぎり守れたみたいでよかったよ」なんて穏やかな声でつぶやいたと思ったら急に倒れちゃったんだよね。



パニックになった彩咲は、未だ立ち上がれない身体を引きずって、這いずるようになぁくんに近づいて肩を叩きながら、泣きながら名前を呼んでたなぁ。


すぐに救急車と警察が来て、なぁくんを病院に運んでくれて、命に別状はなかったけど、その事件からなぁくんの顔には大きな傷跡が残って、その左目は光を失ってしまった。


通り魔のおじさんは捕まったらしい。

正直そっちはどうでもよかったけど。



ともかく、この事件から、彩咲の最初で最後の恋が始まった。


彩咲がどんくさくて逃げ遅れたせいで、なぁくんには一生残る跡を残させることになってしまったのに、彩咲がお見舞いに行ったときの第一声はなんと、「あれから体調に問題とかない?」と、優しい笑顔で彩咲の身体を心配する言葉だった。


人生で初めて『心がときめく』を体感した瞬間だった。



それからなぁくんは1週間くらい入院しただけで退院することになった。

ただ、なぁくんが住んでいた児童養護施設に帰すってわけじゃなかった。


彩咲のお家はそれなりにお金持ちだったのと、彩咲を助けてくれたなぁくんにパパがすっごく感謝してたこと、それからそのときはまだ伝えてなかったけど彩咲がなぁくんのことを好きになったってのもあって、うちがなぁくんの身元を引き受けることにしたんだ。


それで、なぁくんにはまず一人暮らしのお家と継続的な金銭的支援を提供した。


なぁくんは最初すっごくびっくりした様子で驚いて、めちゃくちゃ恐縮して拒否してたけど、彩咲たちの罪悪感を消すためにもお願いできないか、って懇願してみたら、渋々な様子で微笑んでから感謝の言葉を述べて納得してくれた。



あと、さすがに目が見えない生活に慣れないだろうということで、彩咲がつきっきりで面倒を見させてもらうことになった。


不謹慎だったかもしれないけど、好きになった人の傍にいれる幸せを味わうことができた。


そうして彩咲たちは支え合って愛を育んでいき、1ヶ月もした頃には彩咲の好きな気持ちが限界に達して、彩咲から告白してOKをもらった。


こうして難攻不落のなぁくんが彩咲の手元に堕ちてきてくれたわけです。






彩咲のなぁくんを傷つけたあのおじさんには怒りを禁じえないけど、そう思うとちょっとだけいい仕事したじゃんと思わなくもない。



マッチポンプ的? そんなことないよ?

彩咲となぁくんは結ばれる運命だっただけ。

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