第29話 太陽系ヤンデレ 星迎真霜

「ふぅ..................。ふ、ふふふ、うふふふふふふふふふ。あっはははははははははは! あぁ......あぁっ! 私はなんて幸運なのかしら! もう会えないかもって思ってたナナくんと、こんな形で再会できるなんてっ!」


ナナくんと私の話をたくさんしてから一晩開けて現在、お仕事に出向く道中。

ナナくんをお部屋に残して、1日ぶりに1人きりになった私は、彼と再会してからずっと我慢していた高笑いをとうとう堪えきれずに爆発させる。


「はぁっ、はぁっ......。いけない、興奮しすぎて我を失うところだったわ。それにしてもナナくん、すっごくかっこいい男の子に育ってた。ふふっ」



再会は本当に偶然だった。

私がお仕事させてもらってる銭湯で閉店間際にいるところに声をかけて。


私を引き取った、いや、奪い取った両親はいま借金に追われてて。

私とナナくんを無理矢理に引き離した施設も恨んだけど、当時の私も今の私にもなんの力もなかったから、諦めてた......。



お仕事先の銭湯。表向きは普通の銭湯だけど、裏の顔は高級な風俗店。

この街の運営なんかに協力してくれているお金持ちや有力者を接待するために女性たちが奉仕する暗部がある。


本当は私もそこに送られた。

でも私はお願いして20歳までは勘弁してほしいって言ってた。


その甲斐あって、私は表の銭湯でのお仕事と、裏のお掃除をする仕事につかせてもらうことができている。

中学校から女子校に在籍していたし、私を政略結婚の道具にしたかった両親の思惑もあって、まだ男の人に奉仕した経験は一度もない。


別に強い理由があったわけじゃないけど、キリのいい20歳までは綺麗な身体のままでいて、それでも未来になんの希望も持てなかったらそのときは身体を汚される前に命を絶とうと決めていただけ。


操を立てていた、というほど強固な意志があったわけじゃなかった。

施設にいた頃からナナくんへの思慕の情は変わらずに持っていたけど、実際には、施設の人にも両親にもナナくんとの連絡を遮断されていたこともあって、心の中では正直諦めていた。


私の20歳の誕生日まであと2ヶ月もない。

だから昨日までの私は、どうやって命を絶つかを本気で考えていた。


なのに昨日の夜、私はナナくんに出会えた。

神様は私の頑張りを見てくれていた!



小学生の頃とは当然見た目が変わっていたけど、銭湯でナナくんらしき人を見つけて、声をかけて、彼だって確信して。

その瞬間の私の心の中に湧き上がった幸福感は誰にも形容できはしないだろう。


うん、あのとき嬉しすぎて発狂しなかった自分を本気で褒めてあげたいよ、うん。


それから、私の暴れまわる情動を悟られてドン引きされたりしないように、あんな遅い時間だったのに待ってもらって。

......律儀にちゃんと待っててくれて嬉しかったなぁ。


でも、私が抱きついたときに、ナナくんは急に叫びだして。

あのときはすっごくびっくりした。


話を聞いたら色々許せないことがあったけど......。

それでも、おかげで、それとなく自然な流れで私の家に彼を連れてくることができた。




流れで告白しちゃったけど、ナナくんからは「まだ私とは付き合えない」っていう答えをもらった。

ちょっと残念だけど、「まだ」ってことは十分脈アリみたいだし、そもそも今はまだ、憎々しい元カノさんに刻まれた恐怖とかが残ってるんだろうから、焦って事を運ぶより、じっくり攻めたほうが良いはず。

急いては事を仕損じるってやつだ。



彼に再会したときにも、彼に彼女がいたってことを聞いたときにも、危うく手足を切り落として監禁してしまおうかって頭をよぎったけど、一旦耐えて彼の話を聞いておいてよかった。

まさか元カノの束縛が激しすぎて、それを苦に逃げてきたなんて。


私が我を忘れてナナくんを襲ってたりでもしたら、私も彼に嫌われていた可能性が高い......。危ない危ない。


織女さんとやらが、恐怖で縛り付けようとして失敗したっていうなら、私はできるだけ自分のそういう衝動は封印して、暖かさで包んで、ナナくんが自分から精神的に私に依存するようにしていこう。

童話の北風と太陽みたいなものだ。


無理矢理やってもナナくんは拒絶して逃げちゃう。

私は織女さんとは違う、太陽みたいなやり方をしていくんだ。


私の愛がじっくりゆっくり伝わるようにして、いつの間にか私に溺れてくれたらいいな......。


待っててナナくん。

私があなたの太陽になるからね。

だから、一生私に依存しててね......。


ナナくん、私の身体が汚れても、好きになってくれるかな......。



でもナナくん、私の借金を一緒に返すなんて言ってくれて......。

そんなつもり全然なかったし、私の負債を背負わせるなんて気が進まないけど......。

でも初めての共同作業って思えば心が高鳴るし、かっこいいナナくんが他に目移りせずに私だけ見てくれるようになるためには結構好都合な縛りかもしれない。



初日の夜なんて、ナナくんがオフロに入って「私のフェロモンが漂ってて発作が起きた」みたいなこと言ってたし、女としての魅力は感じてくれてるんだよね。







..................あぁ、ほんとにこれは絶対に運命だ。


私は小学校6年生のとき、あの施設から星迎の家にもらわれた。

いや、私の気持ちとしては、連れ去られた、という感覚だ。


あのころの私は、私を育ててくれる施設には感謝していたし、ずっとあそこに居続けて迷惑を掛けることに抵抗もあった。

けど、それでもナナくんの傍にいたかったから、できるだけあそこを出るのを拒んでいた。


でも、かなりのお金持ちだった星迎のお父様とお母様の施設への寄付を受けて、私は無理矢理に引き取られた。


有力者であり会社の跡継ぎを欲していた星迎夫妻は、そんな望みに反して残念ながら子どもができない体質だったらしい。

そこで外から子どもを養子に迎えようと算段をつけた、と。


そこまではよかったものの、血の繋がりがない子を跡継ぎに据える以上、できるだけ優秀な子を求めたらしく、自分で言うのもなんだけど、当時施設でも特に見た目といろんな才覚に秀でていた私とナナくんに白羽の矢が立ったんだそう。


ナナくんはナナくんで、施設をでることを拒んでいたし、彼の場合は両親が残した遺産もあって施設側はそれほど強く出れなかったみたい。

私も拒んでいたし、ナナくんのところほどじゃないんだけどそれなりにお金はあった......。


でも、私の方は弱みがあった。ナナくんだ。


ナナくんは気づいてなかったみたいだけど、他の人はみんな私がナナくんのことを好きだってことには気づいてたらしい。

施設の人たちと星迎の両親はナナくんを人質......とまで言うと大げさかもしれないけど、実質人質として、私に交渉してきた。


私が話を受けなかったら、当時まだ4年生だったナナくんがどうなるか。

明言してきたわけじゃないけど、そういう脅し文句を使ってきたわけだ。


結局、私は涙を飲んで星迎姓を受け入れた、というわけ。

その後、会社が潰れるまでは、別に大きな文句もない程度には不自由ない生活は送らせてもらった。


ただ......自由はなかった。

両親は私を会社を大きくする道具にしたい、くらいにしか考えていなかったみたいで、自由恋愛はなし、勝手に男性と会うことも禁じられて、中学も高校も女子校に通うことを強制され、結局行けなかったけど受験した大学も女子大だけっていう徹底ぶりだった。


何より辛かったのは、ナナくんとの一切の連絡を禁じられたこと。

政略結婚の材料とするのに、ナナくんの影はあまりに邪魔だったみたいで、一切の連絡が許されなかった。


私がナナくんに連絡をとったりして、変に逃げられたりするのを防ぐ目的もあったんだろうな。

............不満しか無いけど、まぁお父様とお母様のお気持ちもわからなくはない。


わからなくはないんだけど......。

流石にそれを素直に受け入れるだけの器は私にはなくて。


でも逆らったらナナくんにどんな被害が行くかわからなくて、心を殺して従っていた。

いつか好きでもない人と結婚させられる将来に半ば絶望しながら生きていくことを決めてた。


そんな中で両親の会社の倒産。

それ自体は嬉しくも悲しくもなかった。


でも私の両親は真っ先に私を銭湯に売り払ったんだ。

自分たちも働きに出たらしいんだけど、結局彼らにとって私はただの道具だったんだって、改めて思い知らされて。


なんとか交渉して20歳までは裏の仕事はしなくていい契約にはしてもらったけど、別に希望があったわけじゃない私。

残り数年は余生として過ごそうって、本気で考えてた。



そんな中、偶然出会った最愛のナナくん。

あのころ以上に素敵な男性になって私の前に現れてくれた。


しかもそれが、ナナくんもいろんなものを捨てて逃げてきた末のことだと言うじゃないか。

私という存在を刻みつける絶好のチャンス。


これを運命と言わず何というだろう!




元カノ......なんてやつは、今すぐにでも探し出してぶっ転がしてやりたいけど......。

その子がナナくんをひどい目に合わせてくれたせいで、ナナくんと身体で結ばれるのはまだ先になりそうだけど......。


でも彼女のおかげで私をうまく刻みつけられるかもしれなくて......。


複雑な気持ちだなぁ。でも..................。









もし会うことがあったら絶対に許さないから。

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