第52話 双子の弓兵

「ヒャッホウッ!」

「飛んでいけぇ!」


 双子の弓兵姉妹、ナタリーとナタリアが威勢いせいのいい声を上げると、ドンッという重い音を立てて巨大な矢が射出される。

 その度に走る馬車が射出の衝撃で揺れた。

 馬車の荷台に固定された台座の上には弓というには大き過ぎる3メートルほどの巨大な石弓が横向きに備えつけられていた。

 そしてその弓弦ゆんづるは弾力性の強い樹脂で作った特殊なつる幾重いくえにもより合わせて作られたもので、それは常人では引くことも出来ないほど強靭きょうじんだった。


 筋骨たくましいナタリーとナタリアであっても2人がかりで引かなければならないそれにつがわれるのは、かしの木のみきからけずり出して加工した専用の矢だ。

 双子は槍ほどもの太さを誇るそれを前方上空に向けて射出し敵陣を攻撃する。

 先端を鋭利にとがらせたこの矢を浴びれば、人の体などひとたまりもない。

 敵の馬車ごとくだくことも可能だ。

 これはナタリーとナタリアの2人が自分たちで開発し、制作した特殊な武器だった。


「あいつらがあんなもん作ってるって知ってたのか?」


 射出された矢が数百メートル先の丘の上に向かっていくのを見送りながら、ベラはおどろきを隠せない様子でブリジットにそうたずねた。


「知っていた。たまたま奥の里であいつらがこっそり試射を行っているのを目撃してな。弓兵部隊の長には内密でやっていたらしい。豪気な奴らだ。これを知っていたからアタシは2人をこの作戦に同行させたんだ。自分たちで開発しただけあって、あれはあの2人が使うと命中率はかなりのものだぞ」

「どうやってあんな先の目標にねらいをつけるんだ?」

「アデラとの共同作業さ」


 そう言うとブリジットは前方の上空を指差した。

 そこには小高い丘の上に旋回せんかいする数羽のとびの姿があった。


「アデラのとびが目的の座標を教えてくれるんですよ。ベラ先輩。そんなことも分からないんですか?」

「あのとびたち、ベラ先輩の100倍は賢いんですよ」


 ナタリーとナタリアは上機嫌でそう言って笑い、次の矢をつがえると思い切り放った。

 その矢を見送ることなくベラが怒りに肩をワナワナと震わせる。

 

「よーし。てめえら。やっぱりなぐらせろ」

「ベラ。もう敵陣に差し掛かる。戦闘準備だ」


 双子に詰め寄ろうとするベラの肩をつかみ、ブリジットは前方を見つめた。

 高速で突っ込んでくる馬車に分家の戦士たちも気付いたようで、小高い丘の上から次々と矢が射放たれ始めた。


「来るぞ!」


 ブリジットはそう叫ぶと、揺れる馬車の上で体勢をくずすこともなく平然と立って剣を抜き放ち、アデラを背中に守った。

 同様にベラとソニアも馬車の上で振りやすいように小振りな短槍たんそう手斧ておのを構えると双子の前に立つ。

 そして飛んでくる矢を次々と叩き落とした。


「オイおまえら。今だけは守ってやるが、後でシメるからな。先輩に対する口のきき方を覚えやがれ。あと間違ってもアタシのケツに矢をブッ刺すんじゃねえぞ」


 そう言って短槍たんそうを振るい、次々と飛んでくる矢を弾き飛ばすベラの技量に、ナタリーとナタリアもさすがに瞠目どうもくして見入っていた。

 そのすぐそばではソニアも左右の手に握った手斧ておのを振るい、双子の頭上に降り注ぐ矢をぎ払っていく。

 矢は馬車を引っ張る2頭の馬たちにも襲いかかるが、馬の体を守るよろいには油が塗られていて、それのおかげで矢はよろいの表面をすべって落ちていった。


 馬を操る御者の女戦士は2人いて、彼女たちは体をおおうような大きなたてかかげて自分たちを守る。

 この防御態勢のおかげで、雨あられと矢が降り注ぐ中でも馬車は速度を落とさずに丘に向けた傾斜を登り始めた。

 いよいよ丘の上で待ち受ける赤毛の女戦士たちの姿がハッキリ見えてくると、ブリジットは前方を見据みすえたまま背後のアデラに命じる。


「アデラ。頼んだぞ」

「はい。お任せ下さい」


 アデラはそう言うと甲高く口笛くちぶえをふく。

 不思議ふしぎ抑揚よくようのあるその音色がひびき渡ると、見上げる上空におどろくべき光景が広がったのだった。

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